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関東第二総支部結成大会 行き詰まった時の信心

1960.9.5 「会長講演集」第1巻

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2  第二総支部はモットーとして、力強く、教学の点にふれられておりますが、今、私も、このことについて申し上げておきたいと思います。
 戸田先生は『理は信を深め、信は理を要求する』と申されました。教学は信心を深めていく、また信心が進んでいく人は、必ず教学を要求しているとのことばです。私も、過去十三年間の信心を振り返ってみまして、信心して最初は悶々たる日が続きました。しかし、一年目あたりから戸田先生の法華経二十八品のお講義をうけたまわる機会を得まして、水道橋の旧本部にまいりました。先生の深遠なる哲理の講義、情熱、慈悲にうたれまして、この仏法ならば、師匠のもとならば、自分は一生涯、法を求めきって死んでいってもかまわない、どの哲学にも負けないという自分なりの確信を得ました。
 また、途中で先生から立正安国論、開目抄、観心本尊抄、順次に個人的に、または一般講義で、または先輩から地区講義で、御書を拝読するごとに確信が日ましに増してきたことも事実です。また、先生にお別れして、自分自身が大阪の地で参議院の闘争をしなくてはならない。そのときには御書を拝して指揮をとったものでありますが、そのときの御書を拝読したその感激と、自分自身の境地が、知らず知らず不思議に開いていくことも、私の大きな体験でありました。
 私自身の体験からとおしても、また先輩の同志のたくさんの体験をとおしても、私どもは、戸田先生の青年訓のなかにある第一項目『無智の衆生に永遠の生命を教えなくてはならない』との先生のおことばから拝しましても、どうしましても、全幹部が日蓮大聖人様の大生命哲学にしがみつき、またその大生命哲学の一分たりとも知ろうという求道心がなければならないと、私は思うのです。
 たとえ、忘れていようが、覚えることができなかろうが、その大聖人様の御書に、御金言にふれていくことが、大きい信心の助けになるし、またその感激をもって、全支部員に偉大なる指導の源泉にしていくことができるわけです。願わくは、大白蓮華、論文集、巻頭言、聖教新聞を読むことはもちろんのこと、私どもはまた、心を新たにして、大聖人様の御書を、生命哲学を、少しずつでもいいから勉強していきましょう。
3  もし一つ、付け加えて申し上げたいことは、どうしても、一生にわたる信心の途中において、なんとなく感激がなくなり、なんとなく行き詰まり、活動することも元気がなくなっていくような人がおりますし、そういうときもあります。私も過去において、なんどもございました。なんら皆さんと変わりはございません。そのときには私は、私なりに発見したことは、行き詰まったときに『よし、自分はことしはこのように御書を一ページずつ読もう』また『ことしは、自分は題目を何遍一年間唱えよう』また『幾日間、自分は朝何時に起きて、しっかり勤行しきって、いろいろな本を読もう』また『ある時には、後輩とうんと会って、人材教育に何か月間がんばろう』というふうに、行き詰まったときに、必ず、自分自身が一つの発心をして、目標を立てて、その目標に勇んで進んでまいりました。必ず、そのところに大きな打開、それから希望が湧いてきたことは私の体験です。
 これは私の一つの体験でありますが、皆さん方も、そういうようなことがあったならば、なんらかの一つの目標を立てるなり、新たなる発心をして、そして大きな宿命転換の仏道修行をしきっていただきたいと切望いたします。
 最後に、星生総支部長のもと、本部からも竜理事をはじめ、優秀なる大幹部が派遣されてきておられますから、大幹部の方々にぶつかって、皆さん方が、また次の大幹部に育つように、いよいよの御健闘と団結とを期待しまして、私の話といたします。

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