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文学について  

「美しき獅子の魂」アクシニア・D・ジュロヴァ(池田大作全集第109巻)

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12  ジュロヴァ ところで、わが国の状況ですが、社会的、国家的伝統に基づいて、わが国では児童文学へ力を注いできましたが、青少年を囲む新たな環境の変化が、それをはばもうとしています。
 現在の子どもたちは、マス・メディアから蓄えた巨大な量の情報のために、反射神経的な感覚ばかりがみがかれていて、ゆっくりものを考える力をなくしつつあることを、私たちは忘れてはなりません。彼らは、現代の科学技術の進歩のレベルに対応する能力がある場合には、科学技術的文献やSFを好みます。しかし、文学の道徳的、啓発的な側面は、子どもたちがそれを受け入れられるように再検討され、最新のものにされなくてはなりません。
 今日、子どもたちはもはや、この地球の上に未知の土地を発見しようとは夢見ていませんし、砂漠を生き返らせようともしません。彼らの夢は、地球文明の境界の外に出ることなのです。現代の「大人びた」子どもたちは、今や私たちが生きている社会と、地球に関する“情報”に押しつぶされているのです。
 しかし、彼らは、地上の春がどのように息づくか、刈り取ったばかりの草はどのようなにおいがするか、新鮮な牛乳の香りはどのようなものかを、ますます知らなくなっているのです。また、彼らは、大きなランプのような星々が飾り鋲のように打ちこまれている、墨のように黒い空も知りません。そして彼らはもはや、スイカで提灯をつくったり、夏の土埃の上を裸足で駆けめぐる喜びも知らないのです。
 都市化され、産業化された社会は、彼らからこうした喜びをすべて奪ってしまいました。
 最近、心理的な分裂や、精神的ケアの必要性に関する議論が増大しています。児童文学は、革新を必要としているのではないでしょうか。
 池田 人間としての成長過程にある子どもに、テレビなどの「すでにでき上がった」現実ばかりを見せていくと、画一的な意識を植えつけ、周囲の世界に対する想像力を減退させてしまいます。それが精神の内発的な働きを弱め、健全な成長の芽を摘み取ってしまっている状況は、深刻なものです。
 博士のおっしゃるとおり、消費文明の刺激に満ちた環境の一方で、五体で自然環境を感じとる感性が麻痺した今の子どもたちに、いかに魅力的な文学を提供するか、文化や文学はどのようにして科学技術文化の力に対抗し得るかは、たいへんむずかしい問題だと思います。
 ロシアを代表する児童文学者のリハーノフ氏と対談した折も、それが話題にのぼりました。そのさい、私は、漫然とマス・テクノロジーを気楽に受動する姿勢を、大人みずからがまず改め、青少年に示していくことが大切である、と語りました。その上で、今の子どもたちにも通じる魅力的な素材を提供すべきではないでしょうか。
 ジュロヴァ 児童文学がかかえる問題は、今の子どもたちにとって、何が珍しく、わくわくさせるものであるかということです。何が、子どもたちの創造力に火をつけるのでしょうか。知識へのかわきは、つねに人間の精神を生き生きとさせてきたのです。日本の児童文学には、それを現代に適合したものにするという点から見て、何かいちじるしい構造の変化があるのでしょうか。
13  池田 日本の児童文学において、現代の状況にかんがみてのいちじるしい構造の変化は、あまり見受けられません。確かに漫画を意識した絵本や、テレビのキャラクターを物語にしたものなどが多くなっているようですが、それは構造的な変化と言えるようなものではないと思います。
 聞くところによると、今、読まれている児童書の傾向性として、一つにはテレビなどのメディアを意識したものがある一方で、昔ながらの古典的な物語をアレンジしたものにも人気があるようです。古くから親しまれてきた古典的なものは、人間を描いているために、今の子どもたちにも親しまれるところがあるのだと思います。
 ジュロヴァ 若いブルガリアの作家たちは、変化の兆候を示しました。しかし結論を出すのは早すぎます。そして、未来を予言するのも早すぎます。
 子どもたちは、私たちからよごされた地球環境を受け継ぎましたが、陰惨な悲観主義には屈しないでしょう。しかし、子どもたちの無関心が今のペースで増大し続けていくならば、文学は子どもの読者たちに、よい効果をあたえなくなるでしょう。
 私は、児童文学には、「未来の文学」への道があることを信じたいと思います。私はつねに、人間が知識を渇望することに心を打たれてきました。今の「情報化時代」にあって、知識は児童文学を刺激するものであるとともに、知識をあたえることが、児童文学の責任でもあります。児童文学は、人々と文化との間の親しさを育み、また、諸文明が相互に理解しあうのに役立つのです。

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