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日蓮大聖人・池田大作

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『法華経』とブルガリア写本  

「美しき獅子の魂」アクシニア・D・ジュロヴァ(池田大作全集第109巻)

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16  池田 逆境のなかであればこそ、民族の魂を記した写本を残そうと製作にはげんだのですね。現に、パイシーの『スラブ・ブルガリア史』の写本が四十九も現存しているという事実があります。
 ジュロヴァ 文学の中心地では、文学活動だけでなく、民族の特性を保ったさまざまな書道学校が発展しました。奴隷化されたブルガリア人は、その精神的なはけ口を、みずからの美の感覚を保持し、それをかつて知られていないほど発展させることに見いだしたのです。
 池田 オスマン帝国の弾圧下で他国への亡命を余儀なくされた識者、聖職者が、写本をたずさえて故国を後にした。しかし、この亡命によって、ブルガリア写本は数多く国外に流出してしまうわけですが……。
 ジュロヴァ ブルガリア以外で保存されているブルガリア写本の数は、数千冊と言われます。これに対して、スラブ写本の故郷であるブルガリアには一千冊弱しか保存されていません。じつに驚くべきことです。破壊されなかったブルガリア写本は、あたかも地上をさまよう「放浪者」となったのです。
 これは歴史の運命であり、それらの写本の役目は、スラブ写本を他のスラブ民族の間に広めることだったのでしょう。
17  池田 確かに、ブルガリア写本とそれを支えたスラブ民族の伝統は、放浪する運命となりました。そのような困難にもかかわらず、ブルガリアが保持してきた伝統が、ロシアに伝わり、新たな展開を見せた事実がありますね。
 ジュロヴァ ブルガリア写本の長い伝統は、ある人たちにとっては保守的なものと思われるかもしれません。しかしこれは、国民としてのアイデンティティーを外国に侵食されることに対する、民衆救済のための錨だったのです。
 池田 ブルガリア写本と同様、仏教徒も経典写本を伝えようと、命がけで奮闘しております。そのなかでも、世界的に有名なのは、敦煌の莫高窟の第十七窟「蔵経洞」の逸話でしょう。井上靖氏の小説『敦煌』では、西夏が侵入してきた混乱時に、数万点にものぼるという経典、文書を後世に伝えようとしたと描かれています。
 今回の「法華経」展にも、ロシアのオルデンブルク探検隊が敦煌で入手した、竺法護訳『正法華経』や鳩摩羅什訳『妙法蓮華経』などの写本が展観されていました。敦煌と言えば、思い出すのが、第二章でもふれましたが、故・常書鴻先生です。中華人民共和国誕生のさいの内戦、文化大革命の折の芸術弾圧などをすべて乗り越えた“敦煌の守り人”です。
 仏典にせよ、ブルガリア写本にせよ、深い信仰、民族の誇りから、それぞれの時代に、種々の苦難を乗り越えた人々がいればこそ、貴重な文献を後世に伝えられた――これは、峻厳な事実です。
 そして、ブルガリア写本は、その逆境をもバネとして、さらに芸術性を高めていきました。敦煌も多数の文物の流出、たび重なる破壊にもかかわらず、常書鴻先生はじめ敦煌文物研究所の人々が、すばらしい復元を行っています。そのたくましさに、心から敬意をはらいます。

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