Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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八、人種的偏見と相互理解  

「21世紀への警鐘」アウレリオ・ペッチェイ(池田大作全集第4巻)

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4  ペッチェイ そのとおりですね。私は、あなたが日本人であり、仏教徒であって、私と同じ伝統を吹き込まれたイタリア人でないことをうれしく思います。といいますのも、私は、同国人のだれからよりも、あなたから得るところが多いからです。あなたも、同じく私から何か新しいものを得られるならば幸いです。個人的な利害得失よりもっと大事なものは、諸文化の混じり合いから得られる寛容と理解です。
 たとえば、私は何人かの友人にこう言いたいのです。「ああ、あなたはマルクス主義者ですか。それは結構ですね。では、何かあなたの洞察されたものや、その理論的な根拠を教えてください」。また、私のアフリカ人の同僚の何人かには、こう言ってみます。「お国の伝統的な知恵や、経験されたことを説明してください。それを一緒に分かち合おうではありませんか。そこから、お互いが豊かさを増すことになるでしょうから」。
 いまわれわれが誉め称えているような文化上の独善や部外者への不信感の代わりに、文化の多様性を進んで受け入れることはもとより、相互理解や寛容の精神的態度を伸展させたとき、それによってこそ世界に新しい雰囲気が生まれ、そこから、われわれは共通の問題複合体への取り組みをより容易にすることができるでしょう。
 数多くの人種や文化の構成員であるわれわれすべては、好むと好まざるとにかかわらず、この惑星上で一緒に生きていかなければなりません。もし、われわれが互いに、それ以外に暮らしていく道がないからしぶしぶ我慢し合うというのではなく、心からの喜びをもって理解し合い、分かち合うことを学んだなら、どんなに幸せで安全になることでしょう。
5  池田 人種的偏見──もちろん、あなたが指摘されたように、人種だけにとどまりませんが──が先天的なものではなく、これを生み出し助長しているのが社会であり文化である以上、それを正していくこともできるということです。
 皮膚の色の違いや言語・風習の違い、あるいは性別などからくる偏見を乗り越える道は、それらのより深い根底にあってすべての人間に共通している、本質的な人間性に目を向けることであろうと思います。人間の真の尊さとは何かという真理に目を開いたとき、皮膚の色や風習は違っても、すべての人にこの尊い人間性が脈打っていることが認識されるはずです。
 法華経には、釈尊が遠い過去世に一人の菩薩として出現したとき、あらゆる人の生命の中に仏性があることを悟ったがゆえに、自分に迫害を加えてくる人をさえも礼拝したという話が説かれています。どんな人にも人間としての尊厳性を構成している根本的なものがあることを知ったとき、尊敬心をもって接せずにはいられないということです。
 さまざまな人間同士の間の偏見や差別を克服できる道は、こうした深い人間理解であろうと思います。そして、この人間理解に立ったとき、互いのもっている相違点は、かえって自分を補ってくれ、人生を豊かにしてくれる資源となるのではないでしょうか。

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