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日蓮大聖人・池田大作

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六、時代遅れの国家主義  

「21世紀への警鐘」アウレリオ・ペッチェイ(池田大作全集第4巻)

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9  池田 同感です。そして、それにぜひ付け加えたいことは、そうした幾次元にもまたがっている自己存在の、いずれを優先させるかということです。
 だれしも、自分が、たとえば日本人であるとともにアジア人であり、人類の一員であることを知っていますが、大多数の人は、より狭い自己の存在を優先的に採用してしまうのです。そのため、同じ人間同士で殺し合うことの醜さ・愚かさを自覚しながら、日本人としてアメリカ人や中国人と戦い、殺し合いを演じてしまったのです。
 さらに言えば、その日本の中でも、人間は社会全体の利益や人びとの幸福のためよりも、自己の企業や自分の家族、自分自身の利益を優先しがちであり、未来の世代のためよりも、現在の自分たちの幸福と快適さを優先しがちです。
 仏教では、他者の利益・幸せを犠牲にして自己の利益を追求することを悪とし、他者や人間社会全体の幸せのために貢献することを善とするのです。優先しなければならないのは、より大きい、より広い次元での自己存在であるということです。この考え方が、私たち一人ひとりの心の中に、しっかりと打ち立てられなければなりません。
10  ペッチェイ ここで、民族国家体制の概念と密接に結びつくようになった“国家主権の原則”について、一言付け加えさせてください。かつて私は別の著書(注1)で、この原則がいかに現代の人類社会の“国家間”構造に固有の諸悪、機能マヒと危険の多くをひきおこす根源となっているかについて、論証したことがあります。今日では巨視的問題、巨大潮流(メガトレンド)、惑星的挑戦、地球的選択といったことを論じるのが通例となっております。
 こうした、新たな次元に拡大された環境は、われわれ全員の生活におそらく決定的な影響を与えるものであり、したがってわれわれの絶えざる注意を要求するものです。たとえ、こうした定義づけがいかに誇大にすぎるとしても、いま私が述べたように、現代を支配しているもろもろの現実を打ち壊して、国境という人工的パターンに適合させることなどできないことだけは確かです。もし、成功と生存への一か八かの勝負をかけて未来へ進もうとするのなら、われわれは過ぎ去った昔の政治的・哲学的残滓である国家主権という神話を、自らの心から払拭しなければなりません。
 注1 著者注 『人類の使命』(大来佐武郎監訳、菅野剛他訳、ダイヤモンド社)=一九七九年発刊。〔英語版 The Human Quality,Pergamon Press,Oxford,1977:ドイツ語版 Die Qualitat des Menschen,DVA,Hamburg,1977〕。『未来のための一〇〇ページ』(大来佐武郎監訳、読売新聞外報部訳、読売新聞社)=一九八一年発刊。〔英語版 One Hundred Pages for the Future,Pergamon Press,Oxford,1981 and Futura,London,1982:ドイツ語版 Die Zunkunft in unserer Hand,Molden-Seewald,Munich,1981:フランス語版 100Pages pourl’avenir,Economica,Paris,1981〕

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