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日蓮大聖人・池田大作

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第六章 健康革命の世紀へ  

「科学と宗教」アナトーリ・A・ログノフ(池田大作全集第7巻)

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9  人間のための「遺伝子工学」の途
 池田 「遺伝子工学」では、微生物に秘められた潜在的な力を引き出すことによって、食品、農業、畜産、鉱業、新エネルギーの開発、さらに環境汚染の浄化まで、幅広い分野での利用が考えられています。二十一世紀には、われわれが想像もしなかった変革が起きるかもしれない。
 ―― 海水中の石油を食べて、それを分解するバクテリアもいるそうですが。
 ログノフ ええ。一九八九年、アラスカ沖で起きたタンカーの石油流出事故のときには、原油の打ち寄せた海岸に、チッ素やリンなどを含んだ栄養剤を撒いて、“石油分解細菌”を増やし、環境浄化に効果をあげたという事例もあります。
 池田 また、マメ科の植物の根に存在するチッ素固定菌の開発利用など、農業肥料の開発も進んでいるようですが。
 ログノフ そのとおりです。チッ素固定菌には、チッ素ガスをアンモニアに還元する能力があります。現在、これらの菌からチッ素固定の能力を採り出し、それを遺伝子工学的に植物に与える方法が研究されています。
 大気の五分の四はチッ素です。この無尽蔵ともいえるチッ素ガスを植物が栄養として摂取できれば、大きな農業改革となることでしょう。
 ―― このような「遺伝子工学」の研究の進展がもたらすプラス面とともに、マイナス面も指摘されていますが。
 ログノフ たしかに、「遺伝子工学」による新しい微生物の出現は、自然のある種のバランスを崩す恐れがあるのも事実です。
 池田 人体への適用のさいの倫理性の問題もあります。遺伝子操作は、病気の治療に利用される以外にも、頭脳や身体の機能を変えたり、性格や精神構造にまで重大な影響をおよぼすなど、さまざまな可能性を含んでいます。ですから、一歩、使い方を誤ると、「人間改造」や「優生学思想」へと結びつく危険性もはらんでいます。
 ログノフ そのとおりです。そのような行為は、人間を破滅させるものです。
 池田 本来、人間のためにあるべき医療や研究が、人間や生命をモノ化し、逆に人間の存在を脅かす魔性へと転落していく。その“歯止め”をどこに求めるのか。また、科学者はもちろん、すべての社会の人々が、いかなる「生命観」をもって、自然とかかわっていくのか――これらはきわめて重要な問題です。
 仏教のトータルな「生命観」は、この点にあっても大いなる英知をもたらすと思います。
 ログノフ この問題は科学者だけでなく、政治、経済、文化等々、あらゆる分野の人々が知恵を結集して、真剣に対処していくべきことです。
10  科学の「分析知」と仏教の「智慧」
 池田 その一つの参考として申し上げたいのですが、仏法では人間の「知」を大きく二つに分けます。一つは「識」すなわち「ヴィジュニャーナ」で、いま一つは「智慧」すなわち「プラジュニャー」です。「ジュニャー」というのは“知る”という意味です。「ヴィ」には“分ける”という意味があり、「識」=「ヴィジュニャーナ」は「分析的な知」を意味します。「科学的な知」も、このなかに入ります。これに対して、「プラ」は“完全な”という意味で、「智慧」=「プラジュニャー」は「総合的な知」を意味します。
 前者は科学などの分析的な「知識」であり、後者はより全体的な「英知」といえるでしょう。
 ログノフ 「分析知」と「全体知」という視点は大事ですね。
 池田 仏法では、「分析的な知」「知識」も重視します。そして、その「知識」を使いこなしていくものが、「智慧」であるとしています。
 たとえば、自然観にしても、西洋と比べ東洋の思想には、自然と人間が調和しゆく“総合的な視座”があることは、よく指摘されるところです。
 ログノフ 人間と自然、そして人間と人間さえ分離された今日の世界で、人間は何より最高に道徳的なものを求めるべきです。
 池田 そのとおりです。たとえば、日蓮大聖人は「五智」ということを説いています。これは前にお話しした「九識論」とも関連します。
 ―― 「九識論」については、“夢と記憶”のところで、論じていただきました。
 池田 そうでしたね。
 「前の五識は成所作智・第六識は妙観察智・第七識は平等性智・第八識は大円鏡智・第九識は法界体性智なり」とあります。
 ログノフ 難解そうですが、どういう意義になりますか。
 池田 それでは、一つずつ説明していきましょう。
 まず、人間の五感に相当する「前五識」が、仏法の悟りに基づいたとき、「成所作智」となり、人々を救うための実践的な智慧として働きます。また、「第六識」は事物のありのままの姿を洞察する「妙観察智」という智慧に転じていきます。この「妙観察智」「成所作智」は、科学者の良心が科学的情報を吸収しつつ、正確に判断していくことに通じると思います。
 ログノフ 技術の悪用や、データの隠匿を見破っていくことですね。
 池田 次に、「第七識」は、自身と他者がともに平等で尊厳なるものであると知る「平等性智」という智慧になります。これは「優生学的発想」と対峙するものです。
 ログノフ 「優生学」というのは、本来の目的は、遺伝的な病気をなくすことにありました。ところが、その後、優秀な民族をつくるというファシズムに悪用されてしまいました。
 池田 「遺伝子工学」がふたたび、このような悪用を許さないためにも、すべての人間が平等に尊厳なる当体であり、ある種の人間だけを優秀とするような思想を拒絶する「平等性智」が必要ではないでしょうか。
 ログノフ まったく同感です。四番目の智慧はどういうものですか。
 池田 第四の「大円鏡智」とは、“欠けたところのない大いなる鏡”のように、万物のありのままの姿、実相を映し出す智慧です。この智慧によって、人間のみならず、あらゆる生命的存在が、互いに関連しながら、共存していく姿を洞察するのです。
 これは、自然を“支配する対象”として見るのではなく、自然のなかに人間と共通の生命を見いだし、共生していこうとする、仏法の「自然観」を生みだしていきます。
 ―― 最後の「第九識」というのは、「根本浄識」ということでしたね。
 池田 そのとおりです。「第九識」は、「法界体性智」としての智慧の光を放ちます。いわば宇宙生命そのものにそなわった智慧、宇宙根源の法の放つ光明であり、すべての智慧はこの「法界体性智」に支えられ、一体となって働く――この万人が共有する根本の智慧を湧現する「法」を説いたのが仏法なのです。
 ログノフ 宇宙と共鳴し、自然と協調しゆく科学技術への道を開くことは、すばらしい二十一世紀の実現に大切なことです。
 ―― 次は、人体という“小宇宙”から、ふたたび天空の“大宇宙”に目を転じて、「相対性理論」や「宇宙論」などをめぐってお話をうかがえればと思います。

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