Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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離島の同志万歳!(上) 歓喜の幸福島は ここにあり

2008.10.6 随筆 人間世紀の光5(池田大作全集第139巻)

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4   昇りゆく
    朝日の功徳
      身に浴びて
    離島のスクラム
      君ぞ指揮とれ
 心の大境涯に限界はない。いずこの地にあっても、広宣流布の使命に生きる我らの胸中には、勇気と希望と栄光の大海原が広がる。
 私は、離島本部の代表に指針を示した。
 「我らの島に『広宣流布のモデルケース』をつくるんだ。そこから、広布の潮流が起こる」と。
 この私の心に応え、わが離島の同志は敢然と困難に挑み立っていったのだ。
 聖教新聞の配送も、飛行機や船便で届けられる離島では、台風などの天候の影響を受ける。
 長崎県の生月島では、無冠の母が、毎日毎朝、約二時間かけて、聖教新聞を配達してくださっている。香川県の佐柳島では、購読されたことのある島民の方々が、実に九割を超えると伺った。兵庫県の男鹿島は、島の半分以上の方が聖教新聞を購読してくださっている。兵庫では懐かしい淡路島・沼島をはじめ、家島、坊勢島、西島の友も、友好拡大の素晴らしい模範である。
 沖縄県の与那国島で、約二十人の同志が中心となって、「世界の少年少女絵画展」を開催された時には、千二百人もの友人が参加され、共鳴を広げた。
 幾多の悪条件があろうが、離島の同志は、創価の旗を誇り高く掲げて、頑張り抜いてこられたのだ。
 私は誰よりも、その不屈の信心を信じていた。
 ──大聖人が一閻浮提の広宣流布を宣言されたのも、あの離島の佐渡ではないか! 御本仏に直結する、わが創価の離島の友は絶対に勝利する。
 見栄っ張りな都会がなんだ。島の風光、島の人情に勝る宝がどこにあるか。堂々と勝ち誇れ! と。
 思えば、独創の大地理学者であった牧口常三郎先生は、"閉ざされた島国根性"から"開かれた海洋国の気風"への大転換を提唱しておられた。
 海を"壁"と見て、萎縮するのではない。
 海を"わが道"と見て、心広々と打って出るのだ。
 要するに、前進を阻む最大の壁は、あきらめや臆病など自分の胸中にある。その心の壁を決然と打ち破れば、必ず新たな変革の大波を起こしていける。
 これが「一念三千」の大仏法だ。
 世界的な宗教学者で、ハーバード大学教授のコックス博士は、このほど発刊された、私との対談集『二十一世紀の平和と宗教を語る』(=二〇〇八年八月に潮出版社から発刊)の中で強調されていた。
 「臆病の代わりに必要なものは、『人々の態度も考え方も永久不変のものではない。彼らを変えることは必ずできるのだ』という強い信念です」
 わが離島の同志の心には、まさに、この「強い信念」が烈々と脈打っている。
5  世界五十四カ国・地域を駆け巡ってきた私の"パスポート"の最初の足跡は、実は沖縄である。初訪問の一九六〇年(昭和三十五年)の当時、アメリカの施政権下にあったからだ。
 そして、アメリカ広宣流布への第一歩は、太平洋の宝石の島ハワイから踏み出した。この十月二日(二〇〇八年)で、四十八周年となった。
 さらに恩師・戸田城聖先生の悲願であった東洋広布への前進は、香港島での座談会から開始した。歴史を変える起点は、「島」である。
 新時代の旭日は、わが離島の友の勇気の心から赫々と昇りゆくのだ!

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