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日蓮大聖人・池田大作

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夕張  

小説「人間革命」11-12巻 (池田大作全集第149巻)

前後
14  学会の幹部たちは、三林宅に引き揚げ、大成功を喜んでいたが、山本伸一は、一人、別室で横になって休んでいた。彼には、大阪事件が待ち構えていたのである。
 既に、小西理事長が逮捕されたという情報も入っていた。彼も、明日は出頭する予定だが、同じく逮捕は免れまい。一難去って、また一難である。
 伸一は、やがて起き上がると、身支度を始めた。そして、人びとに気づかれないように、用意してもらっていた車に乗って夕張を去った。
 夜の街道を、自動車は砂煙を上げて疾走した。見渡すと、広漠とした原野に、遠く山脈が黒々と連なっている。かなりの標高であろう。夜空に、高い稜線が浮かんでいた。
 ″いっそのこと、あの山脈のなかで、静かに暮らすことができたら……″
 伸一は、疲れていた。連想は、大雪山の山中の生活にまで及んだ。彼は、一瞬、われを忘れたが、その瞬間、憔悴した戸田城聖の顔が浮かび、一切の迷想は消えた。
 車のヘッドライトは、一本の道をくっきりと照らし、札幌へ、札幌へと近づきつつあった。
 伸一は、深夜、札幌の旅館に着き、そこで一泊した。疲労は極点に達していた。すぐ深い眠りにおちたように思われたが、眠りは意外に浅かった。わずかな時間で、すぐ目が覚めてしまったのである。
 夜明けは、なかなか来なかった。夜は、我慢のならぬほど長かった。大阪の腹立たしい事件が、どこまでも頭にこびりついて離れない。時間が、小刻みに過ぎるのに身を任せた。
 やっと夜が明けた。伸一は思い悩み、何度も寝返りを打ちながら横になっていたが、雨戸から陽が漏れるのを見て起きた。疲労だけが残っている。青ざめた顔は、別人のように活気を失って冴えなかった。ただ、夏の札幌の涼しい朝風だけが救いであった。
 早朝、伸一は真剣に勤行をし、一切の勝利を懸命に祈った。朝食を終えると、青年部の津田良一たち、二、三人がやって来た。飛行機の出発まで、時間はまだある。彼は、青年たちと旅館を出た。そして近くの公園に入り、池の周りをゆっくり歩いた。
 「津田君」
 伸一は、津田に呼びかけながら、しばらく口をつぐんで、池の水面に視線を落としていた。
 「いよいよ、大阪へ行かなくてはなら、なくなったが、厄介なことになったものだ」
 「室長、逮捕されるようなことはないんでしょう」
 「それは、わからない。何がどうなっても、君たちは、戸田先生を守り抜いてくれ。先生のお体が、今、いちばん心配なんだ」
 人影まばらな朝の公園は、まことにのどかに見えたが、伸一の心のなかは、波濤が渦巻いて重苦しかった。
 時間が来た。伸一は、公園から車で千歳空港に向かい、羽田行きの日航機に搭乗した。
15  山本伸一が北海道から去った七月三日、炭労問題への社会の関心は、依然、大きなものがあった。炭労が申し込んできた七月四日の対決討論は、いつの間にか、彼らが勝手に引っ込めてしまって消えていたが、世間は、そんなことで承知するはずもない。
 マスコミは、この点を追及して炭労に迫った。七月三日付の「北海道新聞」には、全国炭労事務局長談として、次のような言葉が掲載になった。
 「いまとなってみれば、真向からぶつかり合うのはむしろ逆効果だと考え、冷静に対処する方針にした」
 炭労の中央部は、この時点で方向転換を余儀なくされていた。創価学会に対する攻撃的な姿勢は、くるりと変わって、「冷静に対処する」などという守勢に変わったと見なければならない。
 彼らも、組合が宗教に介入することは、法に反することを悟ったのであろう。してみると、炭労の創価学会への対決策というのは、不当な圧迫であり、一種の嫌がらせであったという以外にない。
 札幌の北海道放送(HBC)の企画で、この三日の夜、「放送討論会・炭労対創価学会」のテレビ放送が行われた。生放送である。
 炭労側の全国代表は、北海道炭労委員長と北海道炭労事務局次長で、創価学会の代表は、理事の一人と北海道総支部長であった。司会は「北海道新聞」の論説主幹であった。
 六月二十九日の「紙上討論会」と同じように、両者の主張は平行線をたどった。かなり激しい応酬もあり、司会者までが興奮して、その立場を忘れるような場面もあった。しかし、もはや、炭労としては、基本的に後退の姿勢に変わっていたので、竜頭蛇尾に終わらざるを得なかった。
 それからしばらくは、この対決の問題をジャーナリズムが取り上げ、一般紙やラジオ、週刊誌などが、連日のように騒ぎ立てた。
 要するに、結果としては、天下の炭労の思い上がった弾圧攻勢を、若い創価学会が、見事に打ち破っていたのである。しかし、それは、権力の魔性が牙をむいて襲いかかろうとする、ほんの兆しにすぎなかった
 炭労問題は、これで一応のピリオドが打たれたが、さらに大きな権力の魔性との闘争が、今、始まろうとしていた。

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