Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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前哨戦  

小説「人間革命」1-2巻 (池田大作全集第144巻)

前後
12  彼ら青年は、翌日夜、法華経講義にそろって出席した。昨日の法論の模様は、既に人びとに伝わっていた。講義の前から、彼らを見る人びとの視線は温かく、羨望さえ交じっていた。彼らを、あたかも英雄のように見ていたのである。
 講義終了後、一同は皆の前で、昨日の報告をした。まず、岩田が前に出た。共に戦った青年たちも、前の方に行き、皆に顔を見せていた。そして、彼は作戦の立案から、それがどのように実践され、多数の集会のなかで、戦いをどのように展開したかを、詳細に語った。身ぶり手ぶりも、鮮やかである。時には爆笑が湧き、そして、皆は賞讃の拍手を送った。
 ″やったな。よくやった!″
 彼らにとって、幾つもの先輩の顔が、そう笑いかけているように思われた。岩田は、いい調子になって、昂然として言った。
 「私たち青年部は、折伏戦の最前線で、今後も戦うことを誓います。正法の前には、三類の強敵といえども、なんの障りとなりましょうか。ただ今の報告を聞いてくだされば、よくわかると思います。まさに″向かうところ敵なし″であります。なにとぞ、さらにご鞭達を、お願いするものであります」
 沸き返るような拍手となった。彼は、それを浴びながら、英雄、豪傑のような姿で座った。事実、一座の人びとは、青年たちを褒めあげる気持ちをもち、その表情であった。
 ただ一人、戸田城聖だけは、険しい表情になっていた。最初は、にこやかに聞いていた彼も、しばらくすると、にわかに顔を曇らせた。最後には眉をひそめて、悲しげな表情になっていった。それを誰一人、気づかなかった。
 戸田は、急に厳しい顔を上げた。そして、すかさず激怒した口調で叫んだ。
 「昨日、一緒に参加した者は、立ちたまえ!」
 何事か、と彼らは、怪訝な顔つきで立ち上がった。
 「一方的に押しかけて行って議論をふっかけ、教祖が太万打ちできなくなったぐらいで、いい気になるような者を、私は育てた覚えはない。慢心もはなはだしい。それが私は悲しいのだ。
 君たちの根性は、本当の私の指導とは違う。いったい、誰の弟子なのか。岩田、言ってみたまえ」
 岩田は面食らった。無言である。居並ぶ多数の幹部たちも、何が戸田の怒りを招いたのか、不可解な表情であった。
 「誰の弟子だか、言えないのか。……君たちは、戸田の弟子ではない」
 一喝にあった彼らは、理解できずに戸惑っていた。身震いするような思いであった。
13  「日蓮大聖人の仏教の真髄を、ひとかけらでも身につければ、いかなる教団の教義も、問題ではないのだ。勝負は、初めから決まっている。それを、いかにも自分たちの力でやったように、手柄顔をする者がどこにいる。
 道場破りの根性はいかん。英雄気取りはよせ。暴言を慎み、相手からも、心から立派だと言われる人になれ」
 戸田は、理事たちの方を見渡して言った。
 「……原山君、小西君、清原君、どうだろう? 私の気持ちが、わかるだろう」
 理事たちは、少々頷き、あとは黙っているしかなかった。彼らも、一応、青年たちのいい調子に合わせていたからです。
 戸田は激昂を静めて、また話を続けた。
 「いいか、もう一度、言っておく。一教団の首脳を、少しばかりやり込めたからといって、こうものぼせ上がり、たちまち騒慢になる君たちの性根を思うと、私は悲しいのだ。……いいか、広宣流布とは、崇高なる仏の使いの戦いなんだ。
 君たちが、どうしても行きたいというなら、もよかろう。教えの誤りがあれば、正すことは必要だからだ。しかし、他教団の本部だから、特別の折伏行だなどと勘違いしては困る。一婦人が、相手の幸せを思い、真心込めて対話し、隣家の人を救う方が、よっぽど立派な実践です。
 こんなことを、幾度も繰り返して、それで広宣流布ができると思ったら、とんでもない間違いだ。今は、将来、真実に人びとを救い、指導していけるだけの力を養っている訓練段階だと思わねばならない。将来の本格的な広宣流布のための実践を、そんな、遊び半分のようなものと思っていては大変だ。三類の強敵との壮絶な戦いなのだ。
 その時に、退転するなよ。今、いい気になっている連中は、大事な時になって退転してしまうものだ。
 私は、君たちを、本格的な広宣流布の舞台で活躍すべき時に、退転させたくないから、今、叱っておく。よく覚えておきなさい」
 戸田は、諄々とした言葉で語った。青年たちの目は、次第に赤らんできていた。
 同じ折伏の行動であっても、その一念は、人によってさまざまである。広宣流布を願つての真心の折伏もあれば、英雄気取りの言説もある。戸田は、それを見抜いていた。事実、戸田の注意が的中し、後年、この青年たちのうちから、退転者が出ることになるのである。
 戸田は、最後に、青年たちを見渡して言った。
 「自己の名誉のみを考え、人に良く思われようとして、活動する人物であれば、所詮は行き詰まってしまう。詐欺師に共通してしまうよ」
 そして、うなだれて涙ぐむ青年たちに言った。
 「戦さに勝ったと帰ってきて、泣く男があるか。……おや女性もいたな」
 彼は、三川や、今松の方を見て、カラカラと笑った。座には、師弟の厳しい指導のなかにも、情愛こもる温かい空気が流れていた。

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