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日蓮大聖人・池田大作

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そびえ立つ兵庫城 不屈の魂で築け 勝利と栄光の楽土

2000.6.13 随筆 新・人間革命3 (池田大作全集第131巻)

前後
2  私が、神戸・三宮の、新しき関西国際文化センターを初訪問したのは、本年二月のことであった。
 隣には、兵庫文化会館が王者のごとく立っている。あの未曾有の大震災では、ここが被災者の救援のセンターとなったことは、有名な歴史である。
 神戸の街のメーンストリートに、肩を並べる二つの城は、いかなる人生の困難にも屈しない、民衆の″不撓不屈の魂のシンボル″である。
3  震災後、懸命に、復興を支え続けた庶民のたくましさ。
 自宅が全壊しても、
 「俺は、この地域の人びとを幸せにするために生まれてきたんや。もし、ここの人口が一人になったら、それは俺やで!」と言って、地元に根を張り、戦い続けてこられた支部長もおられた。
 こうした一人立つ「人間王者」の胸中にこそ、不滅の「関西魂」が輝いているのだ。
4  二月の神戸訪問では、念願としてきた長田区の文化会館にもお邪魔した。震災で最も被害を受けた地域である。
 無数の悲しみに耐え、苦しみを越えて、崩れることなき金剛の柱を抱きながら、人びとのために献身した、偉大なる無名の英雄たちよ!
 居合わせた皆様と一緒に勤行・唱題するとともに、じっくりと懇談できたことは、感無量であった。
5  この会館から、武将・楠木正成ゆかりの″湊川″(現・神戸市兵庫区)は、北東へ約四キロメートルの近さである。
 私は、ピアノに向かい、″大楠公″の曲を弾き始めた。
  ♪父は兵庫に赴かん
   彼方の浦にて…… (落合直文作詞)
 鍵盤を叩きながら、その歌詞が胸にうねった。
 ――戸田先生は、″大楠公″の歌がお好きであった。
 建武三年(一三三六年)、足利尊氏と戦うため、湊川に向かう父・楠木正成と、子・正行の別れを歌ったものである。
 戸田先生は、特に「父上いかにのたもうも……」の、正行の言葉の個所を、若き青年たちに何度も歌わせた。
 そして、弟子を見すえて、「正行の精神はそんなものではない。そんな眼では広布の戦いはできんぞ。俺の眼を見ろ!」と叱咤されたものであった。
6  今、長田の会館で弾く″大楠公″の調べ――。
 わが愛する長田の友よ、神戸の同志よ、生きて生きて、鉄のスクラムを組みながら、断固として勝ち抜け!
 私は、尊き同志の勝利と福徳と栄光を祈り、ピアノを鳴らし続けた。
7  神戸は、若き日の周恩来総理が日本留学を終え、帰国の途に就かれた港としても有名だ。
 思えば、周総理は、多くの人民に敬愛されながら、その一方で、さまざまな敵の攻撃も止むことはなかった。
 アジア・アフリカの発展をめざし、インドネシアで開かれた「バンドン会議」(一九五五年)の時もそうであった。
 総理は、手術した直後の身体であった。
 また、暗殺を狙う刺客もうごめいていた。
 会議の前には、「中国は転覆活動を行っている」等々、中傷とデマが流された。
 しかし、総理は、動じない。堂々と、人と会い、語り、人びとのなかに飛び込んだ。
 他の指導者に疑心暗鬼があると見れば、″それなら中国に来てほしい、大歓迎する″と訴えた。
 中国への批判に対しては、即興の演説で、″この会議は喧嘩のためではない、共通点を見つけるためだ″と鮮やかに切り返した。
 「われわれは、団結してこの会議を成功させるために、一層頑張ろうではありませんか」
 最後は、割れるような拍手が会議場を包んだ。(新井宝雄『革命児周恩来の実践』潮出版社、引用・参照)
 ″反撃につぐ反撃″で、総理は、敢然と勝利したのだ。
 この圧倒的な反撃力!
 電光石火の行動力!
 敵をも味方にする魅力!
 これは、断固と正義を打ち立てゆく青年の要件でもある。
8  兵庫は、私が人権闘争の歴史を刻んだ舞台である。
 一九六二年(昭和三十七年)の一月二十四日、関西男子部の幹部会が開催された。
 私が無実の選挙違反容疑で逮捕された、あの″大阪事件″の裁判の判決前夜であった。
 会場は、忘れ得ぬ尼崎市体育会館。
 私は、一万二千の若き弟子を前に、厳然と宣言した。
 「次の世代にバトンを渡すまで、なんで自分の生命が惜しいものか。善良な市民を苦しめている権力とは、断固、一生涯戦う!」と。
 翌日、無罪判決が下った。
 日本の潮となりて高鳴りゆく創価の行進を狙う、権力の魔性をうち破った朝であった。
 あの日の覚悟のままに、私は走り抜いてきた。正義の電流を全世界に広げ抜いてきた。
 「不可能を可能にする」仏法勝負の大闘争で!
 偉大な「常勝関西」の戦友とともに!
9  今、兵庫の淡路島では、花と緑の万博「ジャパンフローラ二〇〇〇」が開催され、来場者は既に四百万人を超えた。
 神戸の花時計、四季彩彩の六甲山、花作りの里・淡河、氷上の秋桜、播但・丹波山地の大自然……兵庫は″花の王国″といってよい。
 「よき時代は天から降ってくるものではなくて、わたしたちが自分でつくり出すものです。それはわたしたちの心の中にあるものなのですよ」(『スチェパンチコヴォ村とその住人』、『ドストエフスキー全集』2〈小沼文彦訳〉所収、筑摩書房)
 悲しみを幸せへと転じゆく、そして、すべてを勝利させていける、不思議なる宇宙の秘術を、私たちは知っている。
 よき時代を、どうつくるか。それは、我らの「心」一つで決まる。
10  平和の緑の季節から、戦いの情熱の初夏へ。
 わが兵庫の創価の闘士よ!
 夢に見た「勝利の花」「栄光の花」を咲かせるのだ!
 我らの関西は、永遠の「幸福の花の都」を築くのだ!

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