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日蓮大聖人・池田大作

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歓びの福井の春 我らの郷土に昇れ 創価の太陽

2000.2.25 随筆 新・人間革命2 (池田大作全集第130巻)

前後
2  今、ちょうど四十年前(一九六〇年=昭和三十五年)の二月の出来事を思い出す。
 その日、私は、金沢の大会に出席するため、京都から夜行列車に乗った。午前二時ごろであったか、列車が敦賀駅に滑り込むと、ホームに数十人の同志が待っておられたのである。
 前年の春、私は福井を初訪問していたが、同志は、さらに指導を求めて駆け付けてこられたようであった。
 停車時間は六、七分。私は、すぐにも皆の前に飛び出して、声をかけたかった。肩を抱いて励ましたかった。
 しかし、多くの乗客は既に眠っていた。時間が時間である。常識は守らねばならぬ。
 私は、断腸の思いで、列車の席に止まり、皆に自宅に帰っていただくよう同行の幹部に伝えてもらった。そして、福井の同志の成長と幸福を祈り、心で唱題したのであった。
3  「求道の福井」の同志との出会いは、私の胸から離れない。
 七二年(昭和四十七年)三月に行われた、春を呼ぶ記念撮影会もよく覚えている。
 会場の敦賀市立体育館では、有名な東尋坊の絶景に爛漫の桜をあしらったバックパネルが、私を迎えてくれた。その大絵巻以上に、参加三千五百人の笑顔は輝いていた。
 震災、水害、豪雪……戦後になってからも、幾度となく天災に遭いながら、たくましく復興してきた福井である。
 そのなかで、同志も、また、信頼の根を張り、深雪を踏み分けるように、創価の大道を広げてきたのである。
 私が最初に、「郷土のルネサンス」を訴えたのも、福井の地であった。わが福井よ、「日本一の幸福の春」に輝け! それが私の願いである。
4  しかし、にわかに、冷酷無残な悪侶の狂刃が、わが学会の純真な仏子に襲いかかり、苦悩と悲嘆と混乱に陥れたのだ。
 福井の寺で、激しい学会攻撃が始まったのは、七六年(昭和五十一年)の半ばごろであり、「法師の皮を著たる畜生」の卑劣な策動の狼煙であった。
 我々が懸命に守り、供養してきた坊主の連中が、仏法破壊の、考えられないような狂気の反逆をしてきたのである。
 坊主は葬儀で追善回向するどころか、学会にいたら成仏できないなどと暴言を吐き、死者を冒涜した。また、会員が寺院に行けば、衣の権威を傲然と振りかざして、口汚い罵声、中傷を浴びせられた。
 福井の同志は、来る日も来る日も、暗黒の嵐を耐えに耐え、必死に、創価の正義軍の陣列を守り抜いていた。
 「わたしは、正義に反することは、何ごとでも、いまだかつて何びとにも譲歩したことはない」(『ソクラテスの弁明』田中美知太郎訳、『プラトン全集』1所収、岩波書店)とは、哲人ソクラテスの信念の叫びであった。
 これが学会精神である。
5  私は、福井の友がかわいそうでならなかった。その苦衷を思うと、胸が苦しかった。
 ある日、私は、福井に電話を入れた。七九年(昭和五十四年)の九月――名誉会長になって間もない、私自身も自由に動けぬ時代であった。
 時計は既に午前零時を回っていた。電話に出たのは県青年部長であった。彼から逐一、実情を聞きながら、私は言った。
 「福井の皆さんも、悔しいだろう。しかし、こんなことが、いつまでも続くわけがない。大聖人が必ず裁いてくださる。それまで、福井の皆さんも、耐え抜いてください」
 「仏法は勝負だ。正義は必ず勝つ! 十年後には、はっきりするよ!」
 そして、福井訪問を約束して電話を切ったのである。
 福井は、遂に、遂に、「師子王の心」で奮い立った。
 二年後、武生文化会館でお目にかかった皆様の、あの雄々しき大英雄の姿は忘れられない。
6  そして、激戦の十年が過ぎた九〇年(平成二年)――私は、勝利の太陽に包まれた福井文化会館を訪問したのである。
 福井の同志の、あの晴れやかな顔、顔、顔。一緒に参加した石川・富山の友も、心の底から歓喜していた。
 我らは勝ちたり! 堂々たる福井の凱旋の大会は、日本一、世界一であった。
 また、草創の闘士である木水三郎初代支部長、故・福田まさ子初代婦人部長のご家族など、皆、後継の獅子たちが立派に育っておられる。実に嬉しい。
7  晩年、トルストイは書いた。
 「もしも諸君がただ今善事をなし得るならば、絶対にそれを延期してはならない」(『人生の道』原久一郎訳、岩波文庫)
 若き日に、そのトルストイの励ましを受けた作家のロマン・ロランは言った。
 「英雄というのは、自分にできることをする人だ」(『ジャン・クリストフ』豊島与志雄訳、『世界文学大系』47、筑摩書房)
 粘り強い挑戦と持続、決して諦めない負けじ魂――これこそ偉大な歴史をつくる力である。
 いかなる困難な環境も、自身の栄光の舞台に変えていけるのが、仏法であり、妙法である。
 今、人間世紀を拓く「勇者の福井」に、希望の太陽は赫々と昇った。
 「常勝関西」の一翼を担い、いよいよ「世界の福井」の本領を発揮する歓びの春が来た!
 私には聞こえる! 朗らかな福井の同志の敢闘に、あの地、この地から、潮のごとく沸き上がる、行進と喝采の響きが!

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