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日蓮大聖人・池田大作

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第十六章 微笑の奥に――少年期と人格形…  

「太平洋の旭日」パトリシオ・エイルウィン(池田大作全集第108巻)

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5  少年時代から「正義感」をもち続けて
 池田 政治家を志されたのも、そうした延長線上からの帰結だったのでしょうね。
 エイルウィン ごく若いころから、私がもち続けている正義感があります。この正義感という道義は、先進諸国と比較すると、チリでは未確立でした。ラテンアメリカでは、労働者層や農民層がひどく軽視されており、いちじるしい権利の侵害に苦しんでいました。少年時代から、私には彼らの置かれている状況がつねに念頭にあり、なんとかして彼らの力になりたいと思い続けてきました。
 このようなわけで、正義のための使命感そのものが、私を法律の分野と弁護士業に向かわせ、私を政治闘争に深くかかわらせるようになったのだと思います。
 池田 ただ今、先進諸国と比較して、とのお話がありましたが、正義感という道義は、今や先進国でも色あせつつあるというのが、一般的な状況です。日本では、経済が何ものにもまして優先し、なにが正義か分からなくなっている。正義を口にすることが、なにか時代遅れであるといった風潮すらあります。また民族という名の狭量な排他的思考が妖怪のように地球のあちこちに徘徊し、正義をゆがめてさえいます。もう一度、何が欠けているかを真摯に問いかけてみることが必要です。
 エイルウィン 賛成です。私の場合、十五、十六歳の少年のころから、社会全体に影響をおよぼす問題に対してすでに関心がありました。新聞やラジオを通して、自国や世界で何が起こっているのか、情報を追いました。
 ラテンアメリカでインパクトを引き起こしたのは、ロシアおよびその他ソビエト連邦を構成した国々の共産主義の試み、イタリアにおけるファシズムの出現、とりわけドイツのナチズムに関する出来事は、発生以来、経過に注意をはらい続けたものです。
 その後に起こったスペイン戦争は、チリの人々を非常に興奮させ、市民戦線側、保守勢力側、それぞれの党派を支持しながら、刻々と変わる戦況を追いかけました。それに続く第二次世界大戦は、私たちを心底、不安におとしいれました。これらが、わたしの青年時代にインパクトをあたえた出来事ですが、自分なら正義のためにどう行動すべきかを問いかけていました。
 池田 よく分かります。私も、軍靴が青春を踏みにじり、勉学をはじめすべての可能性の芽を摘んだ、戦争一色の時代を過ごしました。戦争の悲惨さは身にしみております。為政者が起こした戦争がアジアをはじめとする民衆にどれほどの悲惨を強いたか、原体験で命に刻まれております。SGI(創価学会インタナショナル)の運動を担った民衆も多くは戦争の犠牲者でした。平和と文化と教育の運動を世界に広く展開したのも、そこに原点があります。
 国家は民衆のためにあるのであって、民衆が国家のためにあるのではありません。国民があっての国家――という当たり前のことが、権力の側に等閑視されてきたことこそ問題です。
 そこで法律と政治はともに正義のために存在するものですが、その両方を経験されたエイルウィンさんは、二つが果たすべき役割をどう考えますか。
6  自然法は政治以前に存在する
 エイルウィン いずれの世界も、秩序を獲得し正義を実現して平和を構築するための、公共の利益に奉仕する手段です。法律は、集団生活や人間関係を調整するための規則を作成することによって機能しています。
 しかし、これら規則の起点は、国家、政府、立法府の権限による決定です。この観点から見ると、法律とは、ある意味で政治の結果であり表明であるわけです。
 たとえば、ある国が特定の経済的・社会的政策に着手する、あるいは農業改革計画を実現する、新たな将来を見通した制度を導入する、教育改革を推進するとしましょう。これらの決定は一般的に国会が承認し、国内で現実的に効力を発する法を構成することとなり、法律のなかで明示されます。このような意味で、繰り返しますが法律は典型的な政治の表明、あるいは結果であるのです。
 池田 明快です。したがって、法律の基底となる政治の理念こそが、大いに問われるわけです。つまり政治は、あくまで民衆に奉仕し、社会正義を実現し、平和に向かうものでなければならない。
 エイルウィン 私は、倫理的規範の不変的価値に着想を得て、それと合致する、そして人間の理性の表現である自然法が存在すると確信しています。このような優れた法の形態は、たんなる政治の成果であるどころか、政治以前のものです。人間に対する深い配慮に満ちた、正しく健全で敬意をいだかれる政治は、自然法の価値や原理原則を遵守するものです。この意味では、家族を崩壊させるような政治、たとえば妊娠中絶の合法化や、あるいは同性愛者たちの結婚を適法と認めるような政治は、私の考えでは自然法に反しており、かつその決定的放棄であると判断されるのです。
7  座右に置く二人の肖像画
 池田 ところで、あなたは執務の側に置く肖像画として、解放者オヒギンスと賢人ベージョの二枚を選ばれています。二人は、チリの歴史に輝く偉人ですね。
 エイルウィン オヒギンスについて尊敬している点をとくにあげれば、愛国心、民主主義的資質、勇敢さ、無私無欲でしょうか。オヒギンスは祖国の父と呼ばれています。それは、彼が祖国の独立のために中心的役割を果たした人物だからです。
 私たちの国は、他のラテンアメリカ諸国と同様に、十六世紀半ばから十九世紀半ばまでスペインの植民地でした。フランス革命、およびナポレオン軍によるスペイン侵略を契機として、世界中に吹き始めた自由の嵐は、ラテンアメリカ諸国における解放運動の動きを発生させ、ほとんどの国において、一八一〇年には明白な意思表示がなされました。チリでは、この年の九月十八日に初めて独立をめざす行動がとられたため、この日は国の祝日となっております。
 しかし、独立がただちに達成されたわけではありません。スペイン人たちが抵抗したため、数年間におよぶ激しい戦闘が続き、一八一八年にようやく終結することができたのです。
 オヒギンスは農民でしたが独立戦争の志願兵になり、解放軍の指導者であったアルゼンチンのサン・マルティン将軍とともにチリ政府を樹立しました。ただちに基本憲章を作成し、政権の機能を整えました。
 その五年後に、大部分の国民が彼の政権を支持していないことを悟ると、武力による政権の維持を放棄して亡命の道を選びました。みずからの信じる価値観や原則に合致した行動をとれる、信念に満ちた人物でした。
 池田 正真正銘、無私無欲の人だったのですね。彼がサン・マルティンとアンデス山脈を越え、チリの解放に向かったことは有名です。マルティンについては、民衆のために行動した気高く果敢な生き方について、私自身、何度か青年たちに語ったものです。
 エイルウィン アンドレス・ベージョは、ベネズエラ生まれですが、とても学識豊かな人物で、長年にわたりチリ政府を支えてくれました。現在、ラテンアメリカのいくつかの国で適用されているチリ民法の創案者で著名な法律家でした。私たちの国を制度化した法律の施行にも深くかかわり、重要な役割を果たしました。そのうえチリ大学を創立して初代学長となりました。スペイン語文法、国際法に関する専門書、宇宙論などの著書のほか、さまざまなテーマのエッセーを書いていますが、また詩人でもありチリの上院議員でもありました。
 私にとってのベージョは、私たちの国を制度化していくなかで、文化と法律の真の価値を具現した存在なのです。

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