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日蓮大聖人・池田大作

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第三章 大統領官邸の石炭の彫刻――「誠…  

「太平洋の旭日」パトリシオ・エイルウィン(池田大作全集第108巻)

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8  “指導者は理想実現に生涯を捧げる闘士”
 エイルウィン おっしゃるとおりです。池田さん、あなたと私は本当に一致します。私の言いたいことを、より鮮明に掘り下げていただきました。
 指導者はまた思想家のごとく勉強家で、自国の現実の問題、必要不可欠な事柄を熟知していなければなりません。近代的視点で、信奉する価値観から着想を汲み取り、祖国の諸問題の解決法を示すことも必要です。
 しかし、何にもまして求められるのは、みずからの信ずる理想を現実のものとするために、みずからの生涯を捧げる闘士であることです。真摯に戦うこと、名誉や権力を得ることを超越していること、そして何にもまして、みずからの信条に忠実であることです。
 池田 残念ながら日本には、そうした高潔な精神の指導者がいなくなっています。
 エイルウィン 政治的指導者は、国民たちが本当のところ心の中で何を欲しているのかを見抜くことができなければなりません。その政治は、真実から遊離してはならず、もっとも奥深いところでみずからの信念を形成している基本的価値観をないがしろにしてはなりません。真実や個人の尊厳の尊重、自由と正義の追求、団結の精神、国民への愛情、これらがたえず行動の源流になっていることが必要です。
 人の意見に耳をかたむけることができて、思慮深く、一貫性をたもちながら、必要とあらば勇気をもって決断できることです。
 池田 さすがです。内奥からの真実の言葉です。しょせん、外発的な力によるものは、永続性を欠きます。
 仏教は、もともと、人間の内側に光をあて、可能性を引き出していこうとしたものなのです。民主主義を真に根づかせるのも、一人一人の内発性を開発しあうことが大事でしょう。
 エイルウィン 理想と現実を調和させることが必要です。政治家の行動は、一方では着想をあたえてくれる高潔な大志、信じかつ実現しようとするところの価値観で成立しています。もう一方では法的手立てや経済機関、国民的コンセンサス(合意)や、その他もろもろの要因による制限を受けなければなりません。したがって、国を治めるということは、やりたいことをするというのではなくて、やりたいことのなかから、可能なことをするということなのです。
 やりたいことがすべて実現可能というわけではありません。さまざまな状況により、やりたいことができなかったりします。その状況によって“できること”を決めるのです。
 池田 中国の言葉に「盛衰の理は、天命と曰うと雖も、豈人事に非ざらんや」(『五代史記』伶官伝)とあります。
 世の栄枯盛衰も、やむをえない天命だというが、人がまねく結果ではないか――というのです。結局、人間に帰します。
 エイルウィン そのとおりです。政治家としての場においても、また個人的生活においても、私たちの行動は現実による制約を受けています。望んでいることが、そっくりそのまま実現できそうもなかったり、十分納得できないけれども、妥協せざるをえないということが起こりがちです。
 このような場合に、思慮深さが求められます。政治家の言行の一貫性をたもつためには、信奉するもののために戦う勇気と気力と大胆さを、身につけていなければなりません。
 しかし同時に、失敗や惨事や最悪の事態をももたらすような、きわどいやり方をさける思慮深さが必要なのです。このようなことを考えますと、「政治とは可能性の芸術である」との言葉は的を射ていると思わざるをえません。
9  助けを必要としている人々に心をくだく
 池田 そうした指導者の責任の重さは、担った者にしか分からないと思います。民衆のために、呻吟に呻吟を重ねるところから、どう行動すべきかという知恵がわいてくる。そうしたリーダーを民衆は賢明に支持するはずです。
 エイルウィン ええ。民主的指導者は、権力の行使に思いあがってはいけません。家族のなかの父親のように勤勉に、献身的に、そして威厳をもって幸福で豊かな国を築くために働くように努めるべきです。とりわけ極貧層の人々、もっとも助けを必要としている人々に心をくだくことです。協力者たちと、チームワークを組んで仕事をこなせることも必要です。
 国を統治する者の仕事は、オーケストラの指揮者のようなもので、自分のグループが行っている作業の方向づけをしたり、バランスをとったりすることなのです。
 池田 重みのある言葉です。
 エイルウィン 真実、誠実さ、正義、連帯は、倫理的性格をもった礎石で、この礎石の上に政治的活動が成立しています。妥協しなければならないこともあるでしょう。譲るとは、理想を損なうことではありません。個人的利益や党、あるいはイデオロギー的利益を損なうことなのです。つまり、政治活動の指針である共同体の利益が、これらすべてに優先しているのです。
 民主的指導者は、つねに責任をもたなければなりません。国民に対して、そして歴史に対して、みずからの決断と行動に由来する善と悪の責任を……。
   

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