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日蓮大聖人・池田大作

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海外代表協議会 民衆とともに進めば無敵

2003.9.5 スピーチ(2003.7〜)(池田大作全集第95巻)

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15  信心は逆境に勝つ「宝剣」
 カナグの女性作家モンゴメリーは、主人公の″赤毛のアン″に、こう語らせている。
 「わたしはね(中略)小さな障害は、笑いの種だと思い、大きな障害は、勝利の前兆だと考えられるようになったの」(『アンの愛情』掛川恭子訳、講談社)
 大きな障害は勝利の前兆――いい言葉である。
 状況が厳しければ厳しいほど、強気で人生を生きぬいていくことだ。
 勇気をもって、断固として前へ、また前へ、突き進んでいくことだ。
 御書には、「わざはひも転じて幸となるべし」と仰せである。皆さまには「祈りとして叶わざるなし」の妙法がある。
 戸田先生は、師子吼なされた。
 「真の功徳は、折伏を知らぬ者にはありえない」
 「大聖人の仏法は、逆境にある人が、幸せになる宗教なのだ。苦難にあった人ほど、それを乗り越えた時、すごい力が出るのだ。その人こそが、本当に不幸な人々の味方になれるのだよ」
 困難を勝ち越えたからこそ、人間として光っていける。友の心がわかる、懐の深いリーダーへと成長できる。
 日蓮大聖人は仰せである。
 「剣なども、前進しない(臆病な)人には何の役にも立たない。法華経の利剣は、信心の勇気のある人こそ、使うことができるのであり、これこそ鬼に金棒なのである」(御書1124㌻、通解)
 勇気ある信心こそ無敵の宝剣である。強き信力、行力が、仏力、法力を出し、諸天善神を動かしていく。強盛な祈りと不屈の「負けじ魂」で断じて勝利の人生を切り開いていただきたい。
16  さらに大聖人は、敵がいるなか、信心に励む池上兄弟に仰せである。
 「二人が団結した姿は車の両輪のようなものである。鳥の二つの羽のようなものである」「僣越であるが、日蓮のことをともに尊敬していきなさい。もし、二人の仲が不和になったならば、二人に対する、目には見えない仏や諸天の加護が、どのようになるだろうかと考えていきなさい」(御書1108㌻、通解)
 団結である。御本尊への強き信心が揺るがないことである。その人は、必ず守られ、勝利していける。たとえ一節でもいい、御書をわが身で読んでいくことである。
17  どんな困難にも心軽やかに
 きょうは、アメリカ創価大学の教職員の代表も参加しておられる。大学建設に尽力してくださっている教職員の皆さま方、学生の方々に、心より御礼申し上げたい。この夏、最優秀の第三期生が新たに入学した。秋からは、アメリカ創価大学からの留学生を、日本の創価大学に迎える。
 来年には創価大学に、ホイットマン、ユゴー、トルストイ、ダ・ヴインチ等の像に加え、新たにウズベキスタンの十五世紀の大詩人ナワイー(ナヴァーイー、ナヴォイとも)の像が設置される予定である。(=ウズベキスタン共和国から寄贈。二〇〇四年二月二十六日に除幕式)
 ナワイーは「中央アジアのゲーテ」とも讃えられる。迫害に屈しなかった哲人指導者でもある。
 結びに、このナワイーの箴言を皆さまに贈りたい。
 「嘘を生業とする不実の輩は、男とは呼べぬ。いかなる狡知をめぐらそうとも、哀れな結末から、彼は逃れられぬ。たとえ、全民衆を騙しおおせたとしても、因果応報の理からは逃れられぬ」「嘘と、世の虚飾に屈服するな! 英知に親しめ!」
 「疲労やわびしさ、悲哀など吹き飛ばすのだ! 迫害の嵐に晒される運命にあっても、心軽やかに乗り越えていこう。どんな大きな困難であっても、心軽やかに立ち向かう人が、勝利者となるのだ」(Позмы, Художественная Литература)
 皆さま方は、それぞれの国、それぞれの地域における、偉大なる「人間革命」と「一生成仏」の「手本」の存在である。そして、「異体同心」と「広宣流布」の手本を、末法万年にわたって示しゆく「原点」の人である。
 ゆえに、一人ももれなく、健康で長生きをしていただきたい。全員が「所願満足」の大勝利者として、この一生を飾りゆかれることを祈って、私のスピーチとしたい。
 またお会いしましょう! きょうは、本当にありがとう!
 (東京・信濃文化センター)

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