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日蓮大聖人・池田大作

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中国・青島大学「名誉教授」授与式、九州… 平和の黄金のバトンを君に

2002.4.21 スピーチ(2001.8〜)(池田大作全集第93巻)

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8  正義のわれらには難こそ誉れ
 きょうは、ルネサンスの天地イタリアからも、わが異体同心の同志が馳せ参じてくれました。ありがとう!(拍手)
 イタリアの歴史に輝く古代ローマの信念の哲学者ボエティウスは、こういう言葉を残しています。
 「我々が人生の海に於て、四方八方から吹いてくる嵐にひどくあたられるのを少しも不思議に思ってはならない。我々は、最悪な人たちに気に入られないように特に定められているのであるから(『哲学の慰め』畠中尚志訳、岩波書店)
 正義のわれらは、難にあうのは当たり前だ! 愚人から憎まれることは、むしろ誉れなのだ!―――と。
 仏法では「悪口罵詈」「猶多怨嫉の難」「三障四魔」「三類の強敵」「そねみ・ねたまれ」「議言を蒙り流罪に」「少少の難は・かずしらず」と、説かれています。
 そして、これらの難に対して、日蓮大聖人は「よからんは不思議わるからんは一定とをもへ」「難来るを以て安楽と心得可きなり」「賢者はよろこび愚者は退く」「臆病にては叶うべからず」「仏法と申すは勝負をさきとし」「にくまばにくめ」「いまだこりず候」と仰せられています。
 どこまでも″戦うのだ″と教えられているのです。
 牧口先生は、軍国主義の日本と戦い、牢獄に入り、獄死されました。このわれらの「創価の父」は、大聖人が受けられた大難からみれば、われわれの難は「九牛の一毛」――まったく、とるに足らないものだと仰せになられた。偉大な先生でありました。
9  大聖人の高弟に「三位房」がおりました。才知に恵まれていたが、当時の京都に遊学し、貴族社会に出入りして、虚栄の虜となってしまった。その慢心を、大聖人から厳しく叱られたが、熱原の法難のころに退転し、不慮の死を遂げる。まさに堕地獄の姿でありました。
 大聖人は「都に上って、虚栄に流されると、最後は天魔がついて狂ってしまう」と喝破されました。
 ともかく、仏法の世界は、「学歴」主義ではない。「社会的地位」主義でもない。あくまでも、「人間」主義であり、「人格」主義であると思いますけれども、いかがでしょうか!(拍手)
10  次の五十年へ「青年よ、よろしく頼む!」
 私たち夫婦も、戸田先生の弟子として、大聖人の御聖訓のままに、この五十年間、広宣流布のために、あらゆる難を受けながら、戦いきってきました。
 次の五十年、すなわち、九州広布百周年への黄金の使命のバトンを、私は皆さん方に、厳然と託したいのであります。どうか、よろしく頼みます!(拍手)
 九州青年部の皆さん! 皆さんがいれば、本当に安心だ。朗らかに未来が輝いていく。
 時代は変わりました。新しい青年たちが立ち上がって、広宣流布の指揮をとる時代に入ったのです!
 そして、葛飾の同志の皆さん! 尊敬する若き青島大学の先生方とともに、平和と正義の大航海へ、さっそうと船出をしてまいろうではありませんか!(拍手)
 きょうは、本当におめでとう! ありがとう!
 皆、お元気で! お体を大事に!
 お会いできなかった同志に、くれぐれもよろしくお伝えください。
 そして、しっかり励ましあって、お父さまに親孝行を、お母さまに親孝行を。お父さまか、お母さまがおられない方は、その分、二倍の親孝行を、とお願いして、私の話を終わります。
 謝謝シェシェ(ありがとうございました)!
 (東京牧口記念会館)

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