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日蓮大聖人・池田大作

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第十回本部幹部会、第二回関東総会 生命尊厳を二十一世紀の世界精神に!

2001.10.11 スピーチ(2001.8〜)(池田大作全集第93巻)

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15  何があっても前ヘ! 前ヘ!
 最後に、とくに青年部のために語っておきたい。
 先日(十月二日)、私は南アフリカ共和国のムベキ大統領とお会いした。語らいは二度目である。(初の出会いは一九九八年。副大統領時代)
 大統領は、偉大な「人権の闘士」であり、「人道の勇士」である。大統領の父君も、マンデラ前大統領とともに、じつに二十三年間もの獄中生活を戦いぬかれた英雄である。
 二十三年間の投獄――それを思えば、「忙しい」とか、「自分と合わない人間がいる」とか、「なかなか弘教が進まない」とか、文句ばかり言うのは、青年として、だらしがない。そう言われても、しかたないであろう。
 マンデラ大統領が、牢獄をも″大学″にして、若き同志とともに学びあったのも、有名な話である。
 ムベキ大統領の父君は、民主化の夜明けを開くためには、いかなる苦難の連続にあっても耐えぬこうと決心していた。父君が心に刻んでいた、次のような言葉がある。
 「ひとたび戦いとなったら、たとえ自分の前を行く同志が馬から落ちようとも、立ち止まって泣き悲しんではいけない。その同志をも乗り越えて戦いのなかを進んでいくのだ。決して泣き悲しまないことを学びなさい」
 広布の途上には、いろいろなことがある。使命を全うして、亡くなる人もいる。人間として悲しいのは当然のことだ。しかし、感傷に流され、自分が弱くなってしまってはいけない。
 「何があっても、自分は進むんだ! 戦うんだ! そして勝つんだ!」――決然と、前へ、前ヘと進んでいくことだ。それでこそ、本当の英雄である。それが、慈悲ある人間であり、亡き人の志にこたえることになる。
 仏法は勝負である。ゆえに、断じて勝つことが正義である。
 断じて勝ちぬき、痛快に「ああ面白かった!」と言える、大満足の一生を飾っていきましょう!(拍手)
16  仏法の眼から見ると、われわれは三世永遠の家族である。
 大聖人は仰せである。「つねに語りあって、迷いの流転を離れ、同心に霊山浄土において、うなずきあって話しなさい」(御書900㌻、通解)
 今世も、ともに戦い、語りあいなさい。死んでも、霊山で語りあいなさい、と。
 三世永遠に語りあい、励ましあって、ともに幸福へと歩んでいく。これが広布の同志である。
 このうるわしい創価の世界に、学会利用の悪人や、仏子をいじめる意地悪な人間、そして忘恩の反逆者など、絶対に入れてはいけない。
 「日蓮大聖人の仏法のために」そして「仏意仏勅の創価学会のために」「戦争なき平和のために」戦う同志の連帯が、わが学会の前進である。(拍手)
 三世を見通して、価値ある、そして偉大なる平和と幸福と勝利の大道を、朗らかに前進していくのが、仏法の方程式である。
 小さなことを嘆いてはいけない。少々の苦難で、へこたれてはいけない。
 絶対に退転してはいけない。それは卑怯者である。裏切り者である。
 三世永遠の勝利の人生を、断固たる信念の不滅の人生を生きぬいていくことだ。これが人間最極の意義ある生き方なのである。
 仏法に勝る大法はない。仏法とわが身が一体となる人生こそ、究極の価値ある人生なのである。
 いかなる風雪も、怒濤も、苦難の道も、苦労の実生活も、敢然と戦い、乗り越えて、「われ、勝てり!」「これが創価の証明なリ!」と歴史を残しゆく、尊い人生であられることを祈って、きょうのスピーチを終わりたい。
 長時間、本当に、ご苦労さま! 妙法を聞き、広宣流布の哲学を聞くことは、最高学府で最高峰の学問を学んだ以上に意義がある。永遠不滅の幸福の学問を学んだことを知っていただきたい。
 皆さん、ありがとう! お元気で!
 (東京牧口記念会館)

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