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日蓮大聖人・池田大作

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第37回本部幹部会、中国・湖南師範大学… 正義を讃える社会へ 一騎当千の人材に

1999.9.10 スピーチ(1998.11〜)(池田大作全集第90巻)

前後
9  思えば、貴大学が創立された一九三八年十月二十七日は、日本軍が、「仏教伝来の大恩人」である貴国の武漢(湖北省)の地を蹂躙し、占領した日でもあります。
 これに対して、臆病な宗門は、卑劣にも軍部権力に迎合し、この占領を祝賀する特別の御開扉まで行ったという。
 しかも宗門は、今にいたるまで、何の反省もない。この歴史の汚点は永遠に消えません。
 反対に、あの狂気の時代に、「法華折伏・破権門理」の精神のままに、不惜身命で平和と正義の闘争を貫き、大難を受けたのは、わが創価学会の牧口初代会長であり、戸田第二代会長であります。(拍手)
 軍部に反対して、投獄され、獄死なされた。この殉難の歴史を、決して忘れないでいただきたい。学会と宗門の、どちらが正しいか。この事実一つ見ても明白であります。(拍手)
 ちなみに、中国の日本研究の第一人者であられる駱為龍らくいりゅう先生(「北京日報」の元東京支局長。中華日本学会副会長)は、こう鋭く喝破しておられる。
 ″創価学会を攻撃する勢力と、日本の侵略の歴史を歪曲する勢力は一致している″と。
 (九九年六月の「聖教新聞」のインタビューに答えて、「日本の国家主義の台頭、右傾化は心配です。興味深かったのは、池田先生のことを名指しで嫌いといってはばからない人間が、南京大虐殺はなかった、とか、侵略戦争ではなかったと言い出す。これなどは、池田先生が、日本の平和を守る旗頭である、との逆説的な証明です」と)
10  舞台は「世界」 焦点は「青年」
 中国の古典に「カタツムリの角の上の争い」という寓話があります。(「蝸牛角上の争い」)カタツムリの左右の角の上で争うような、ちっぽけな、つまらない争いを笑い飛ばした話であります。
 牧口先生も、この話を引かれて、心の狭い「島国根性」を厳しく批判された。(『人生地理学』第三章「島嶼」の「島国の特質」)
 牧口先生がそうであったならば、弟子である我々も、日本の卑劣な島国根性を破折しなければならない。
 もうけさえすれば、人権も人道も真実も、すべて踏みにじる――こんな日本であるならば、世界から相手にされなくなって当然であります。
 これに対し、わが創価学会の貢献の舞台は、世界であり、地球であり、全人類のためだと思いますが、どうでしょうか!(拍手)
11  まもなく二十一世紀。一切の焦点は「青年」である。
 ゲーテの言葉を紹介したい。
 「青年たちが世界各地から集まって、善のために固い盟約を結ぶ以上にすばらしいことがありうるでしょうか」(アルベルト・ビルショフスキ『ゲーテ――その生涯と作品』高橋義孝・佐藤正樹約、岩波書店)
 きょう、ここに集った皆さまの姿そのものであります。
 またゲーテいわく。
 「青年は青年にたいしてもっとも強く働きかける。そしてここにこそもっとも純粋な作用が生ずる。これが世界を活気づけ、精神的にも肉体的にも死滅せしめない力なのである」(『詩と真実』山崎章甫約、岩波文庫)
 ″上から″青年を引きつけようとするよりも、″青年は青年同士″で引き合う。まさしく、これこそが、創価の青年の団結の威力であります。
 私たちが、大きな目標として目指してきた「二〇〇一年五月三日」まで、明日で、ちょうど六百日となりました。
 二十一世紀へ、「一騎当千の力ある人材」の流れを、きょう集った世界の青年とともに、そしてまた尊敬する貴大学の諸先生方とともに、ますます明るく、意気軒高に拡大してまいりたいと申し上げ、私の御礼のスピーチといたします。
 謝謝シェシェ
 (東京牧口記念会館)

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