Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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SGI春季研修会K 仏子を守れば、広布は栄える

1993.4.11 スピーチ(1993.1〜)(池田大作全集第82巻)

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11  「正法の行者」を憎む者には仏罰
 大聖人は仰せである。
 「法華経をば経のごとく持つ人人も・法華経の行者を或は貪瞋癡により或は世間の事により或は・しなじな品品ふるまひ振舞によつて憎む人あり、此は法華経を信ずれども信ずる功徳なしかへりて罰をかほるなり」──法華経を経文の通りに持つ人々であっても、法華経の行者を、あるいは貪り・瞋り・癡の煩悩によって、あるいは世間的なことによって、あるいはさまざまな振る舞いがよくないといって、憎む人がいる。このような人は法華経を信じていても、信ずる功徳はない。かえって罰を受けるのである──と。
 末法の法華経の行者、すなわち日蓮大聖人を怨嫉し、憎む罪を述べられている。
 総じて、いかに御本尊を持っていても、自分の感情や、名聞名利などから、正法を正しく実践する者を憎んだ場合には、功徳がないばかりか、罰を受けるのである。
 現代でいえば、大聖人の仰せのままに信・行・学に励む学会員を怨嫉し、憎み、誹謗する者が、この御文に当たる。
 いわんや「経のごとく」実践していない、道心なき現宗門の罪は深重である。
12  牧口初代会長「同じ悪でも高位ほど大悪に」
 しかも同じ罪でも、指導者の罪は大きい。牧口先生は、価値論の上から、論じられている。
 「同じ小悪でも、地位の上がるにしたがって次第に大悪となる。いわんや大悪においては、なおさら極悪となり、その報いとして大罰を受けなければならない」
 「現在のごとき恐怖悪世くふあくせの相を現出して、釈尊の三千年前の予言たる『末法濁悪じょくあく』の世が現実に証明されるのは、強盗・殺人等の大悪よりも、(中略)高官・高位に蟠踞ばんきょ(そこに根拠地を占めて、勢力をふるう)して賢善有徳けんぜんうとくの相をしていながら、大善を怨嫉し軽蔑して大悪に迎合し加勢し、もってその地位の擁護と現状の維持とに力を尽くす高僧、大徳、智者、学匠によるといわなければなるまい。『仏法によって悪道に堕つる者は大地微塵の数、仏法によって成仏する者は爪上の砂』との仏戒が、これによってはじめて理解されるのである」と。
 広宣流布という大善に反対する者は「大悪」である。法主という最も地位の高い者が広布を破壊しようとした行為は「極悪」中の「極悪」である。大罰を受けるのは必然であろう。まさに「末法濁悪の世の証明」である。
13  また、「極悪」と戦う者は、「極善」となる。ゆえに、今こそ極悪と戦い、責め続けなければならない。その人が大功徳の人である。
 牧口先生は、「悪人の敵になりうる勇者でなければ善人の友となり得ぬ」と。
 悪と戦う勇気がなくて、どうして人々を救えようか。仏の敵を打ち破ってこそ、広宣流布は伸展する。
 戸田先生も、こう詠まれている。
   「一度ひとたびは 死する命ぞ 恐れずに 仏の敵を 一人あますな」
   「魔の神も 鬼の姿も おどろかじ 仏の御命ぎょめい うせるをうれう」
 私たちは、いよいよ強盛な信力・行力で大聖人の御遺命の通り、世界広布の大道、永遠の幸福の大道を、希望と勇気をもって前進していきたい。
 皆さまは広宣流布のために、本当に遠いところから研修に参加されている。その求道の信心に深く、また深く敬意を表したい。
 私は皆さまの健康、幸福、無事故、長寿を、毎日、毎日、真剣に祈っている。どうか安心して進んでいただきたい。
 楽しく、有意義な研修であられますよう、心から念願申し上げたい。サンキュー! メルシー! ありがとう!

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