Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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イタリア代表者会議 希望!それは心の「金の翼」

1992.7.2 スピーチ(1992.6〜)(池田大作全集第81巻)

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7  さらに、この題目の深い意義がわからなくても、題目の功徳を、そのまま身にあらわしていくことができると、教えてくださっている。
 それは、あたかも「小児乳を含むに其の味を知らざれども自然に身を益す」──子供が母のお乳をすうのに、その味(中身)を知らなくても、自然に、その身に利益を得る(成長していく)──のと同じである、と。
 生まれたばかりの赤ちゃんのように、法門を理解していなくても、題目を疑わずに唱えていけば、自然と、題目の偉大な力を身につけていくことができる。大聖人の仏法は、″民衆″にひらかれた″民衆のための仏法″なのである。
 また「妙法蓮華経の五字は経文に非ず其の義に非ず唯一部の意なるのみ」──妙法蓮華経の五字は、たんなる経文ではない。その意義でもない。ただ法華経全体の心である──ともおっしゃっているのである。
 私たちの唱える題目は、法華経の心であり、根本的には、大聖人の魂そのものなのである。
 したがって、その意味がわからなくても、御本尊を信じて題目を唱える時、大聖人の魂にふれていくことができる。我が身に、南無妙法蓮華経の大聖人の生命を涌現させていくことができる。なんとありがたいことか。
8  さらに大聖人は、入信の日が浅く、教義が深くわからなくても、題目を唱える人の位は、″仏教各派の元祖に、百千万億倍、優れている″と、大聖人は御称賛されている。
 修行もなく、広布への努力もなく、大聖人に反逆し、大聖人を利用するだけの僧侶など、極悪中の極悪である。SGIに連なる皆さまこそが、皆さまだけが、真の「大聖人の門下」なのである。
 大聖人は「我が末弟等を軽ずる事勿れ」──我が門下らを軽んじてはいけない──と、戒められている。
 この仰せ通り、広布に進むSGIのメンバーは、実に高貴なる存在なのである。仏子を軽んじることは、御本仏を軽んずることになる。
9  ここミラノにもゆかりの深いルネサンスの桂冠詩人ペトラルカは、「イタリアに」と題して、こう、うたい上げた。
   よき人びとには安全な、おごれる者には恐るべき土地
   高貴なる国々よりもさらに気高く
   どこよりも豊かにして美しい国土くに
 この素晴らしき「世界の栄光」の国イタリアを、妙法の力で、さらに、光り輝かせていただきたい。とともに、この詩にあるごとく、皆さま方イタリア家族の、うるわしい世界を、悪侶たち「おごれる者」に蹂躙じゅうりんさせては絶対にならない。
 どうか、広布の将の将である皆さまは、大切な仏子である、我が同志、「よき人びと」を、守りに守っていただきたい。そして、どこよりも福徳豊かな、どこよりも美しい団結の、SGIイタリアを築いていかれることをお祈りしたい。

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