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日蓮大聖人・池田大作

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創立六十周年祝賀の青年部記念幹部会 青年よ真実の雄弁の力を

1990.4.20 スピーチ(1990.2〜)(池田大作全集第74巻)

前後
18  富楼那の雄弁は、決して人気とりや、人当たりのよい弁舌などではなかった。それは正法の敵と戦う正義の叫びであった。民衆を、不幸な人々を、何とかしたいとの情熱と知恵の発露であった。
 師・釈尊の心を、願いを、人々の中に脈動させんとする、やむにやまれぬ弟子としての行動であった。
 まさに、正法の敵と戦うために、みずからの命をも惜しまない″声仏事を為す″の実践であったわけである。
 もちろん「雄弁」といっても、その根本は、説得力である。ただ多弁であることが雄弁ではない。
 よく社会で「訥弁とつべん(つかえつかえしゃべる話し方)のセールスマンのほうが成績がよい」といわれることがある。それは、言葉数が多いとか、うまく話をするということではなく、その人全体の信頼度の問題である。相手の信頼を得ずして、本当の説得とはならないし、雄弁とはいえない。
 また、シュークスピアの言うごとく「行動こそ雄弁なり」(「コリオーレーナス」)でもある。言葉だけで行動のない人は、信用されない。どのような行動をしたか、それがその人間を雄弁に語ってくれるのである。
 ともあれ、「法」を語り、話した分だけ、広布は進む。どう人々の心をとらえ、心に染み入るように語っていけるか。言葉の綾とか、方法、策ではない。真心の、信念の叫びこそ、相手の心を打つのである。
 青年部の諸君は、時代の先取りをして、自分たちの言葉、自分たちの表現で、富楼那のごとく「雄弁第一」の法戦を展開していくべき責任がある。そこに、いわば″精神の水ぶくれ社会″におちいりつつある現代を覚醒させる道があるからだ。後継の諸君の責任は重い。
19  天気にも、晴れの日もあれば、曇りや雨、雪の日もある。と同じように人生の空にも、希望の太陽が輝く日もあれば、苦悩の雲がかかることもある。
 ましてや悩み多き青春時代である。華やかな人生の勝利とは無縁のような失意の日々もあるだろう。社会の矛盾の雲に開ざされ、失望の嵐にさいなまれることもあるだろう。
 しかし、大切なことは、自分の″嘆きの心″に負けないということだ。不幸でないことが幸福でもあるように、″負けない″ことは″勝った″ことである。何があっても、絶対に負けない――それが信心である。
 諸君にとって大事な、大事な青春であり、人生である。決して苦悩に負けることなく、勇んで広布に生きぬき、堂々と正しき人生の大道を歩み続けていただきたいと念願し、私の記念のスピーチとしたい。
 (創価文化会館)

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