Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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全国総県長会議 広宣流布の大目的に生きよ

2000.7.19 メッセージ集(池田大作全集第67巻)

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9  「仏になる道は善知識にはすぎず」
 同志には優しく、敵には厳しく。そういう指導者であっていただきたい。
 「わが味方の人々には、少々のことがあっても、見ず聞かずのふりをしていきなさい」(御書1169㌻、通解)
 このおおらかさを忘れてはならない。文句よりも、希望を与える指導をお願いしたい。
 「常に、仲睦まじくしなさい。あなた(=四条金吾)は短気な性格であるから、(私が、こう忠告しても)よもや用いないであろう。もしそうであるならば、日蓮の祈りの力も及ばぬことである」(御書1172㌻、通解)とも仰せになられている。
 異体同心でなければ功徳も出ない。極悪の平左衛門尉さえも善知識と言われた大聖人の御心を知らねばならない。まして同志は、どこまでも大切にしなければならない。
 さらに、いわく。
 「我らは、迷いの凡夫であるとはいっても、一分の心もあり、理解する力もあり、善悪も分別し、時節を考え知ることもできる。しかも、宿縁に促されて、生を仏法流布の国土に受けたのである。善知識の縁に値えば、因果を分別して成仏できる身であるのに、善知識に値っても、なお草木にも劣って、身中の三種の仏性をあらわさずに、そのままにしてしまう理由があるであろうか。このたび、必ず必ず、生死の夢を覚まして、本覚の寤に還って、生死の紲を切るべきである」(御書574㌻)
 創価学会は、善知識の集いである。ともどもに善知識として励ましあい、三世永遠の成仏を勝ちとっていくのである。
 「寺泊御書」の一節を拝したい。
 「心ざしあらん諸人は一処にあつまりて御聴聞あるべし」――志のある人たちは、一つの場所に集まって、仏法の教えを聴聞しなさい――。
 これこそが日々の学会活動である。
10  最後の息を引きとる時まで活動的であれ
 中国の文豪・魯迅は言った。
 「世間のすべての人の賞讃を受けても喜ばず、非難にさらされても挫けず、従って来る者があればその来たるに任せ、嘲笑悪罵に囲まれて孤立しようとも恐れない。こうした人物があらわれてこそ、天日の光をもって暗黒を照らし、国民の内なる光を発揮させることもできようか」(「破悪声論」伊藤虎丸訳、『魯迅全集』10所収、学習研究社)
 皆さま方も、何事にも動じない「一人立つ勇者」として、周囲を明るく照らしていっていただきたい。
 また、アメリカの政治家・フランクリンの言葉に、こうある。
 「交戦中に臆病者が一人いると一〇人の勇者の働きも台なしにしてしまう」(『アメリカ古典文庫』1、池田孝一訳、研究社)
 最後に、スイスの思想家・ヒルティの言葉を紹介したい。
 「人生の幸福な時とは、要するに、仕事に没頭している時のことである。最後のいきをひきとる時まで活動的であること、これが、この世に生きる意味であり、合いことばだ――それがわれわれの運命ではないか!」(秋山英夫訳編『希望と幸福――ヒルティの言葉』社会思想社)
 人生、最後の最後まで戦って、戦い抜いていく。これが「不惜身命」の精神である。
 どうか、二十一世紀へ、総県長会議の皆さま方が、勇んで先頭に立って、わが地域を駆けめぐっていっていただきたい。そこにこそ、無限の広宣流布の道が開かれていくからである。
 来年(2001年)は、二十一世紀の出発の年である。来年、勝利するところが、「本末究竟して等しく」、次の千年へ、勝利と栄光を持続し、発展していくことができる。
 二十一世紀へ、勝ち抜くために、各方面、各県で、仲良く、信頼しあい、協力しあい、守りあい、助けあいながら、異体同心で前進していってください。
 各地域の大切な皆さま方に、くれぐれも、よろしくお伝えください。
 どうか、お体を大切に!
 (創価文化会館)

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