Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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拡大方面長会議 さあ民衆戦線の最前線へ

1998.5.9 メッセージ集(池田大作全集第67巻)

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5  先日、私は、中国の新しき指導者である胡錦涛国家副主席と再会した。〈先月二十二日〉
 以前、お会いしたのは、十三年前(1985年)。氏は、この時、「全青連(中華全国青年連合会)」の主席、いわば中国の青年の代表であった。
 その出会いの四カ月後のことである。氏は、貴州省の党書記に抜擢された。
 貴州省は当時、経済状況が厳しく、人民の苦悩も深かった。その中で、氏は、すぐさま行動し、省内の八十六の県をすべて回った。農村をマイクロバスで走り回り、また歩き回った。現場に徹し、人民の声に耳を傾けた。その姿は、「お年寄りの話を聞く若き書記」と言われ、多くの人民から慕われたという。
 また、貴州省の状況を、より深く把握しようと、貴州大学の聴講生となって学んでいる。
 「自分の目で見て、自分で考えなければ、皆の気持ちはわからない」
 これが氏の信念である。
 地に足をつけ、目下の課題に徹し抜いていく。あえて苦労の中へ、民衆の中へと、情熱に燃えて飛び込んでいく。これこそ、真のリーダーの生き方である。
 再会の席で、私は副主席に「新世紀を開くのに、一番大切なのは『青年の熱』です」と申し上げた。「青年の熱」が冷めてしまえば、世界は冷たくなり、民衆は凍えてしまう。世界を「平和」へ、「希望」へ、「繁栄」へと、温めていくのは、「青年の熱」しかない。なかんずく、わが「青年部の情熱」「創価学会の情熱」こそ偉大なる炎であると申し上げたい。
6  ふたたび、御書を拝したい。
 「釈迦仏が昔、不軽菩薩といわれて法華経を弘めておられた時には、在家の男女も尼も法師も、だれも耳を貸さなかった。そして、あるいは罵られ、毀られ、あるいは打たれ、所を追われ、さまざまな迫害を受けてこられたのである。さらに、あるいは怨まれ、嫉妬をされたけれども、少しもこりることなく、強いて法華経を説かれたので、今の釈迦仏となられたのである」(「法華初心成仏抄」551㌻、通解)
 ここには、仏道修行の根本が示されている。バカにされようと、いじめられようと、少しもこりることなく、執念をもって、一心不乱(いっしんふらん)に戦う――。この人が「仏の大境涯」を得るのである。苦労せずして、戦わずして、難を乗り越えずして、仏になれるわけがない。わがままに、やりたい放題やって、行動も気分しだい――そういうのは、おとぎの国の話である。
7  だれもが「戦士」だれもが「英雄」
 ゲーテは言った。
 「中途半端にやる習慣を脱し、全体の中に、善いものの中に、美しいものの中に、決然と生きることを心がけよう」(「ゲーテの言葉」高橋健二訳、彌生書房)
 また、十九世紀ドイツの法学者・イェーリングの言葉に、こうある。
 「権利=法であれ、祖国であれ、信仰であれ、真理であれ、何らかの理念のために立ち上がることである。そしてそれは、つねに一つの闘争なのである」(『権利のための闘争』村上淳一訳、岩波文庫)
 だからこそ彼は言った。
 「誰もが社会の利益のために権利を主張すべき生まれながらの戦士なのだ」(同前)
 戸田先生は「自分自身に生きよ!」と言われた。
 最後に、スペインの思想家・オルテガの言葉を贈り、記念のメッセージを結びたい。
 「自分自身であろうとすることこそ英雄的行為なのだ」(『ドン・キホーテに関する思索』A・マタイス、佐々木孝訳、現代思想社)
 (創価文化会館)

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