Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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家庭について  

「希望対話」(池田大作全集第65巻)

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5  問5 冷たい家庭で家にいるのがつらい
 私の両親は、よく夫婦ゲンカをするので家の中がまとまらず、冷たい家庭になっています。時々、家にいるのがいやになるのですが……。
 まず、外見はどうあれ、本当に理想的な家庭というものは意外に少ないということを知っておいてください。フランスの有名な哲学者モンテーニュは、その著書の中で「一家を治めることには一国全体を治めるのにも劣らない苦労がある」(『エセー』原二郎訳、岩波文庫)と記していますが、事実、円満な家庭を築くということは、やさしいようでむずかしいことなのです。
 ですから、自分の家ほどバラバラで冷たい家庭はないと思うことは間違いです。まして、逃げ出したいなどと考えてはなりません。今の家を飛び出しても、幸福なところなどどこにもない。「青い鳥」のチルチル、ミチルが悟ったように、幸せというものは結局、現在の環境のなかでつくりあげていく以外にないのです。
 あなたは、家庭が冷たいのは全部両親の責任だと考えているのではありませんか。もしそうだとしたら、それは大きな考え違いです。家庭というものが、両親の結婚から始まり、二人が協力して築いていくものであることは間違いありませんが、あなたももう中学生になったのですから、両親とともに家庭を建設する立派なメンバーの一人であることを自覚すべきです。
 といっても、もちろん両親と同じ責任があるというのではありません。ただ、両親は自分に尽くしてくれるものという気持ちが、どうもあなたには強いように思えるのです。そうではなく、及ばないながらも、自分の力で家の中がまとまるようにしていこう、温かい家庭にしていこうという姿勢で、この問題を考えるべきではないでしょうか。
 私は、前にも述べたように、子どももまた、両親と同じ一個の尊い人格であると考えています。ということは、子どもといっても決して家庭のなかの部外者ではなく、それ相応の役目があるという意味でもあります。
 では、あなたのなすべきことは何か――。何よりも中学生として模範的な、明るく朗らかな人であることです。人間は環境によって影響を受けるとともに、その人の姿、行動は、周囲にも影響を及ぼします。今、あなたが両親に意見を言っても、親というものは、なかなか子どもの意見を聞くものではありませんが、あなたがつねに明るく生き生きとしていれば、自然のうちに、両親も何か感じてくるはずです。
 ―― ある夫婦の話です。その夫婦は、体の不自由な父親がいろいろと面倒をかけるので、いつも虐待し、食事なども粗末な小箱で食べさせていました。ところが、ある日、自分たちのかわいい子どもが板切れを集めて何かを作っているので、何を作っているのか聞いてみると、「箱を作って、大きくなったらお父さんお母さんに、これでご飯を食べさせるんだ」と答えたというのです。それを聞いた両親は、思わず顔色を変えました。そしてそれからは、体の不自由な父親をいたわるようになったということです。(有原末吉編『教訓例話辞典』東京堂出版、参照)
 現実には、これほど極端ではなくとも、同じようなことは、ありうるのではないでしょうか。子どもだからといって、今の家庭の状態をどうすることもできないということは決してないのです。
 ともあれ、大事なのはあなた自身の姿勢です。恵まれた環境のなかでスクスク育つのは簡単であるともいえる。しかしそれでは″もやしっ子″になってしまいます。それよりもむしろ、恵まれないなかで、環境に負けずに成長する人こそ、それが困難であるだけに、真に強い人といえるのです。また、人間としての本当の魅力というものは、そうした苦闘のなかから、自然につちかわれていくのです。
6  問6 家が経済的に大変で自信をもてない
 僕の家は貧しいので、友だちを家へ呼ぶこともできないし、持ち物などもひけ目を感じます。こういう気持ちがよくないことはわかっているのですが、どうもいろいろな面で自信がもてないのです。
 君は、こんな昔話があるのを知っていますか。
 ―― 昔、村一番の貧乏だという男が長者の家へきて言いました。
 「長者さん、あなたはすばらしい宝を持っているそうですが、私に見せてくださいませんか」
 かねがね、だれかに見せて自慢したいと思っていた長者は、わが意を得たりとばかり喜んで、次から次へと、七つもの蔵をあけては、世にも珍しい宝を得意げに示すのでした。
 が、それを一つずつ眺めていた男は、たいして驚いた様子もなく、平然とこう言いました。
 「見事なものですね。でも私の家には、もっと高価な宝があるんですよ」
 それを聞いた長者は、こんな貧乏な男が宝などもっているはずはない。どうせ負け惜しみだろう、ひとつ見に行って恥をかかせてやろうと思い、次の機会に男の家を訪問することを約束しました。
 約束の日、男の家へ行ってみると、男はニコニコ顔で迎えましたが、村一番の貧乏だけあって、壁は落ち、畳はすりきれて、人間の住むところとは、とても思えないほどです。
 ところが、宝どころの話ではないと思っていると、男が手をたたくや、七人の男の子が出てきて、ヒザをそろえて、あいさつするではありませんか。その七人の子を前にして、男は胸を張って言ったのです。
 「これが私の宝です。あなたの宝はあれ以上の価値は生みませんが、私の宝はどれほどの価値を生むか無限です。社会のために、どれほど貢献できるかも限りがありません。そして、その楽しみは、一日一日増しているのです」と――。(『日本昔話通観』同朋舎出版、2巻、7巻、24巻を参照)
 この話の男の家ほど、君の家は貧乏ではないでしょうが、君のお父さんの気持ちは、おそらくこの男と同じではないかと思います。親にとって最も大事なものは、財産でもなければ地位や名誉でもない。わが子ほどかわいく、大切なものはないのです。そして、最大の生きがいは、まさしく子どもの成長なのです。
 そう考えれば、貧乏だからといってひけ目を感ずるということが、いかに愚かなことか。私は、君の質問を聞いて、とても残念に思います。どんなに貧しくてもよいではないか、君自身が、お金には換算できない君の家のすばらしい財産であり、君の成長こそ、本当の意味で君の家が裕福になることなのだと言いたいのです。
 貧乏といえば、私の少年時代も大変な貧乏でした。父の家業が失敗し、四人の兄もみな、戦争にとられてしまったため、高校にも行かずに働かなければならなかったのです。それ以前にも、家が海苔の製造をしていましたので、小学生のころから、真冬でも夜明け前に起き、海へ出て海苔を採る手伝いをしていました。
 しかしそのころ、自分がみじめだと思ったことは一度もありませんでした。そして、今そのころを振り返ってみると、貧乏でよかったと思っています。そうした生活を経験したからこそ、貧乏で悩んでいる人々の気持ちもわかるからです。
 「若いときには買ってでも苦労をするべきだ」と言われますが、それは、苦難こそが、本当に強くたくましい人間をつくるからです。
 家庭が貧しいのは、将来の自分のためにわざわざ貧乏になっているのだ、と思い、どんな苦難にも負けず、歯を食いしばってがんばってください。

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