Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第3章 強さと優しさを育む  

「21世紀への母と子を語る」(池田大作全集第62巻)

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11  子どものことを、どこまで思えるかが大切
 勝本 こんなことがありました。
 関西文化会館の職員として、池田先生を大阪にお迎えした時のことでした。ある時、先生が私に、「陰で戦っている人の名前を挙げなさい」と言われたことがあったのです。
 私が、何人かの名前を挙げると、先生は「ほかには、ほかには」「まだ、もっと挙げなさい」と、それこそ何度も何度も、徹底して聞かれるのです。
 先生はその方々に、激励をしてくださった後で、一言、こう言われました。
 「これからは、あなたが、陰で頑張っている人を讃えて、守っていくんだよ。会員の方々の手となり、足となり、目となり、耳となり、やっていくんだよ」と。
 どこまでも「一人の人」を大切にされる、先生の姿に、胸が熱くなりました。
 池田 大切な仏子を、どこまでも守り抜く――私にはこの心しかありません。その一点に、私はいつも心血を注いできました。
 創価学会はどこまでも、信心のうえに、「真心」と「人間性」で結ばれた“心の世界”です。
 そこには、だれが上とか下とか、差別は一切ないのです。むしろ、地道な実践に、懸命に取り組んでいる人こそが偉いのです。
 だからこそ私は、陰で頑張っている人に光を当てて最大に讃えてきました。
 目には見えない心を、どう感じ取り、どう応えていくのか。難しいことのように思われますが、大切なのは、相手の立場に立って、その心をとことん思い、考えることです。
 子育ても同じです。子どものことを、どこまで思ってあげられるか、どこまで考えてあげられるかです。そこが分かれ目なのです。
 大曽根 私も人生を振り返ってみて、つくづく、母あっての自分だな、と感じます。
 亡くなった後に、娘に聞いて初めて知ったのですが、母は娘に対し、「お母さんの活動の足を、絶対に引っ張ってはいけない」と、繰り返し語っていたそうです。
 思えば、母は私にもいつも、「うちを出たら、家のことは忘れていい」と言ってくれていました……。
 母のおかげで、心おきなく広布のために戦うことができたと、本当に感謝しています。
 その母がいよいよ危篤状態になった時に、イタリアに行かれていた池田先生が、研修道場で母のために植樹をしてくださったとのご連絡をいただいて、そのことを母に伝えると、とても喜んでいました。
 朦朧とする意識のなかで、時折、目が覚めると、「今、イタリアに行ってきたよ。先生といっしょだったよ」と、楽しそうに話していた母の笑顔は忘れられません。
 母が亡くなってから、遺書が見つかったのですが、そこには、「私は、先生の弟子として悔いのない一生だった。これからは子どもとともに、広布の道をしっかり歩むように」と、綴ってありました……。短いながらも、母の生き方が“凝縮”した言葉でした。
12  母のありがたさを実感できる人は幸せ
 勝本 私も、母を昨年(一九九七年)亡くしましたが、大曽根さんと同じように、私のことを最大に理解し、応援してくれたのが母でした。
 私は二十八歳の時に、交通事故にあい、九死に一生を得た時がありました。車に乗せてもらい、土手の上を走っていた時、反対側の車と接触し、車が土手下に転落してしまったのです。
 転がる車の中で、わずか数秒間のことだったと思いますが、パノラマのようにこれまでの人生を振り返っていたんです。そして、「先生の弟子として、何一つお応えできる戦いをしていない。こんなところで犬死にしてなるものか」との思いがこみあげ、“絶対に生きてみせる”と題目を唱えていました。
 そのせいでしょうか、大怪我をしていたにもかかわらず、意識を失わずにすんだのです。
 先生と奥様からも、白百合とリンドウの花をお見舞いにいただいて。「この花が枯れないうちに、退院しよう」と固く決意した私を、母は懸命に励ましながら、必死に看病してくれました。
 当時は、父もリューマチを患い、入院していただけに、本当に心労も重なっていたと思います。母は、いつ休んでいるんだろうと……。
 その時、初めて私は、母親のありがたさを、身にしみて感じることができました。
 池田 どれほど、母親の愛情がありがたいか――それが実感できる人は、幸せです。
 人間は、一人で成長できるものではない。親をはじめとして、数え切れないほどの多くの人たちの支え、励ましがあればこそ、大成できるのです。
 そのことを、絶対に忘れてはならない。感謝の心がある人には、常に喜びがあり、歓喜がある。幸福の軌道に乗っていけるのです。
 勝本 私の結婚が決まった時、先生が、母を呼んでくださったことがありました。
 母は、呼んでいただいたことを本当にありがたいと感謝し、恐縮していました。先生は「いい娘さんに育ててくれて、ありがとう」と、母に優しく声をかけてくださって……。私も母も、胸がいっぱいになりました。
 池田 お二人が今日、広布の庭で思う存分、戦えるのも、お母さんの陰の支え、祈りがあったことを忘れてはならないのです。
 その深い愛情をかみしめながら、今度は、自分たちが、その思いをお子さんに、そして多くの未来部員たちに注いであげるのです。
 忍耐強く徹すれば、後で子どもが立派に成長した時、後継の人材が育った時に、「本当によかった」と心から思えるものなのです。
 戸田先生はよく、「組織は偉大な勇者をつくるか、さもなくば、幼稚な愚者をつくる」とおっしゃっていたが、子育てもまったく同じです。中心者の一念であり、信心です。家庭でいえば、母親の一念がどう定まっているかです。
 私の長い信仰歴から見て、母親がしっかりしている家庭は、子どもにも信心をしっかり教え、世のため人のために行動できるようになっている。母親で決まるのです。だからといって、何も特別なことをしなければならないというわけではありません。
 母親が自信をもって、生き生きと人生を歩んでいく。希望に向かって、朗らかに成長していく――。
 その輝く姿こそが、子どもに生きる原動力を与え、子どものすばらしい可能性を育む“大地”となっていくのです。

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