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沖縄の長寿社会(上)  

「第三の人生を語る」(池田大作全集第61巻)

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3  もっとも苦労した人が、もっとも幸福に
 池田 昭和三十九年(一九六四年)十二月二日、私は小説『人間革命』の執筆を、沖縄の地で始めました。
 この地を訪れて、「戦争ほど、残酷なものはない……」との叫びを綴らずにはいられなかった。
 「もっとも悲惨と苦汁をなめてきたからこそ、もっとも幸福になっていただきたい」というのが、私の沖縄への変わらぬ思いです。沖縄の方々が健康で、長生きをされていることほど、うれしいことはありません。
 松岡 沖縄広布の″お母さん″ともいうべき初代婦人部長の仲間玉枝さんも、七十一歳ですが、「第三の人生」のお手本のような方です。
 池田 そうだね。本当に沖縄広布のために頑張られた方です。
 信仰とは勇気であり、実践です。仲間さんは「戦いは、動いて動いて足が疲れ、まるで″鉄板″のようにならないと勝てない。鉄板になるまで、歩いて歩いて歩きぬくことです」と言うんだね立派な人です。
 ご主人は沖縄の方でしたが、ハワイで教育を受けた後、東京の大学で学んだ。そこで玉枝さんと知りあい結婚された。しばらくして、ご主人が沖縄に帰ることになり、昭和三十一年(一九五六年)の元日に、夫妻で沖縄に着いたという。玉枝さんは東京の生まれです。
 松岡 池田先生の昭和三十五年七月の初訪問の時に沖縄支部が結成され、仲間さんは初代の支部婦人部長に任命になりました。
 結成大会の前日、先生が玉枝さんのご主人に礼を尽くされて婦人部長に就くことの了解を得られました。
 佐々木 その日の夜、ご主人が玉枝さんにこう言ったそうです。
 「これは革命だから、やりきってほしい。その代わり、ワイシャツのボタンがとれているとか、靴を磨いてないとか、僕はいっさい言わない。やりぬきなさい。池田先生とともに頑張りなさい。先生と約束したのだから」
 池田 七月の炎暑の日でしたが、ご主人はきちんとネクタイを締めて、濃い眉毛の精惇な顔立ちでした。
 「奥さまを婦人部長に」と申し出ると、「愛する妻が沖縄の人々のために働くのですから、どんなことをしても守っていきます」ときっぱりと言われた。
 ご主人とは翌年、翌々年の沖縄訪問の折も、お会いしてお礼を申し上げました。
 松岡 仲間さんは、信心する前は病弱で、ひと月の半分は寝ている方でした。その人が、「沖縄に私の使命がある」と感じてから、今日まで足を鉄板にして、ずっと歩きっ放しです。
 佐々木 ご主人が亡くなられたのは昭和四十五年、玉枝さんが四十三歳の時で、遺言は「先生とともに広布に働きなさい」でした。
 池田 当時、ご主人は東京の病院に入院されていて、私も何度かお見舞いの伝言を伝えました。玉枝さんには、「沖縄は心配ないから、安心してご主人の看病にあたってください」と言ったのですが、玉枝さんは沖縄の地を長くは離れなかった。それほどまでに沖縄に生命をささげた人です。
 広宣流布は、革命です。不惜身命でなければとうていできるものではない。
 佐々木 一方で、ご主人を尊敬し、とても感謝されています。亡くなられてから三十年近く、ご主人の遺志を継がれ、昼にタに活動に打ち込んでとられました。自分のことはすべてなげうっているのですが、会館に遅くまで青年たちが残っていたりすると、厨房で新鮮な先島さきしま(宮古島、石垣島などの島々)の魚を使って味噌汁を作り、出してあげることもあるのです。
 松岡 「私の人生は、戦いきって、それで終わると決めている。しかし、先生がお元気で戦っておられる以上、私も絶対に倒れない。沖縄の平和をつくってくださった先生に恩返しをしなければ死ねない」と言われる仲間さんにこそ、「第三の人生」の模範を見る思いです。
4  「年は若うなり」の心意気で
 大聖人は、「いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはぐ思索らせ給うべし」と仰せです。結局は、大聖人のおっしゃるとおりに広布に生きぬいた人が勝つのです。
 また、「年は・わかうなり」とも仰せです。
 広宣流布に進み続ければ、自然と生命力にあふれてくる。年とともに、いよいよ若々しく、大いなる生命力で生き抜いていけるのが、仏法です。多くの尊い先輩が証明されている。
 佐々木 仲間さんは、東京から沖縄に移られて、もう四十年以上になります。そこで、沖縄の長寿の秘訣をお聞きしました。
 すると「それは、沖縄の人が、″いい人″だからじゃないですか」と言われました。コセコセしていない。リズムがゆったりとしている。そして、人間関係を大切にする――それが長生きの理由ではないですか、と。仲間さんは、東京に来るとなにか街々がセカセカしていて、落ち着かないというんです。
 池田 なるほど。「いい人」であることが長寿の秘訣――そうだろうね。
 他人を大切にする人は、自分が大切にされる。沖縄の地域社会には、その良さが脈打っているのでしよう。

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