Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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(三)  

小説 青春編「アレクサンドロの決断」他(池田大作全集第50巻)

前後
8  剣司からすべてを打ち明けられた島野先生は、口元をギュッと引き締めながら、しばらく天井をふりあおいでから話し始めた。
 「そうか……。うん、わかっていたんだ。先生は全部、知っていた……。よし、このことは、だれにもしゃべる必要はない。あとは、ぼくにまかせておけ――」
 放課後の教室であった。ふたりのほかには、だれもいない。午後のおだやかな日差しが、先生と剣司にやさしく降り注いでいた。開け放たれた窓からは、クラブ活動に励む生徒たちのはずむような喚声が、風に乗って流れてくる……。
 剣司はすべてを話してくれた。だから、剣司の“あの動作”についても、問いただすことはもうやめよう。ひとり自分の胸にしまって、新しく生まれかわった剣司のために、そしてM中サッカー部のみんなのために、監督としてこれまで以上の力を注いでいこう。島野先生はそう心に決めると、にこやかな笑顔を見せて立ち上がった。
 島野先生の心に引っかかっていた“あの動作”とは、例のタックル事故の起きる直前に目撃した剣司の動きのことである。
 シュートしようとする竜太めがけて、剣司が猛然とタックルをしかけにいく。そのとき剣司は、ボールをねらいにいったのか、それとも竜太の足をけろうとしたのか――。
 あのとき剣司はどういうわけか、竜太へ向かって走っていくとき、ちょうど「く」の字を描くような進路をとったのだった。
 なぜ、まっすぐに突っこまないで、わざわざ曲がっていったのか。
 それは、主審の目をごまかすためであったにちがいない――と島野先生はすぐににらんだ。つまり、わざと足をねらったことが主審から見えないように、「竜太──自分──主審」の線が一直線になる角度で、剣司はタックルをかけたのだ。
 島野先生にとって、あの瞬間の剣司の意図は明白であった。と同時に、不正行為とはいえ、とっさの場合にあれだけの計算をした剣司に、島野先生が内心ひそかに舌を巻いたのも事実であった。
 剣司の素直な告白を耳にしたいま、しかし彼の過去を問うことは、島野先生にはもはや無意味に思われた。ここにいるきょうの剣司を、そして未来へ伸びるあしたの剣司を、どこまでも見つめていくことが大切だ。
 剣司は立派に立ち上がった。彼のたくましい若芽は、いまこそ青空へ向かってぐんぐん伸びていくにちがいない。
 「さあ、剣司! 練習だ。サッカー部のみんなが待ってるぞ。行ってこい!」
 島野先生のその言葉に、剣司は輝くひとみをあげて、大きくうなずいた。
9  竜太のケガの全快は、地区予選の始まりに間にあわなかった。しかし、そのかわり、剣司が申し分のない活躍を展開した。
 竜太の登場は、第三戦からであった。それからのM中サッカー部は、すばらしい勢いで勝ち進んだ。なにしろ、竜太と剣司のコンビが絶妙であったからだ。
 相手がいまなにを考えているかが、ふたりにはわかった。そして、自分がいまなにをしなければならないかが、即座に判断できた。しかも、たぐいまれな敏捷性を備えた竜太である。燃えるようなファイトを満々とたたえた剣司である。
 地区大会での優勝は、だから当然のことであったといってもいい。
 そして彼らは、都大会へと駒を進めた。そこでも、竜太と剣司の連係プレーは、抜群の威力を発揮した。さらに、そのあとには、あこがれの全国大会が……。竜太と剣司とM中の選手たちの戦いぶりは、そこでも大きな旋風を巻き起こしたという話である。
 フィールドには、さまざまな風が吹く。
 勝利の風もあろう。敗北の風もあろう。喜びの風も吹こう。忍耐の風も吹こう。だが、フェアな心さえ失わなければ、そこには成長と友情の薫り高き風がそよぐにちがいない。
 君のなかにも、剣司がいる――。
 君のなかにも、竜太がいる――。
 あしたのフィールドには、そうした剣司や竜太たちの、すがすがしいファイトに満ちたプレーが、さわやかな日差しのもとに躍動していることだろう……。

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