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日蓮大聖人・池田大作

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「民衆の幸福」「社会の平和」を開く「正…  

講義「御書の世界」(上)(池田大作全集第32巻)

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11  諫暁の心
 森中 はい。大乗の大論師・竜樹は、友人のシャータヴァーハナ王朝の王にあてた「宝行王正論」という著作を残しています。そこで、こう語っています。
 「王よ、いかなる行ないであっても、法を先とし、法を中間とし、法を後として、それらを全うするならば、この世にあってもかの世にあっても衰滅することはありません」(瓜生津隆真訳、『大乗仏典』第十四巻竜樹論集、中央公論社)
 「法こそが最高の政道であります。なんとなれば、法に世の人びとは感動し、彼らが感動するときには、王は、この世においてもかの世においても、欺かれないからです」(同)
 「たとえいま苦であっても、未来に有益であるならば、それを行なってください。まして楽であり、自らにも他の人びとにも利益をもたらすものであるなら、それをなすべきことはいうまでもありません。これは永遠の法であります」(同)
 真実の仏法に基づくところに、永遠の繁栄があると教えています。そして目先の小さな利益にとらわれることなく、大目的に生きよと諭しています。
 池田 まさに「立正安国」の思想です。竜樹は「自他共の幸福を実現することをなせ、それが永遠の法である」とも言っている。
 人間が生まれてきたのは幸福になるためです。何らかの力がある立場は、何であれ皆を幸福にするためにあるのです。「その真実に目覚めよ」「その使命に目覚めよ」と教えているのです。
 斎藤 これだけのことを国王に進言するのは、友人とはいえ、大変なことです。
 竜樹はその思いをこう述べています。
 「王がたとえ真理に背くこと(非法)や非道をなすとも、王に仕える人びとは概して称讃します。それゆえに、王にとっては正当か正当でないか、を知ることがむずかしいのです。
 たとえほかの人であっても、その人の気に入らないばあい、正当なことを語るのはむずかしいのに、まして、あなたは大王であり、その王に修行僧である私が語るときはいうまでもありません。
 しかし、あなたによって下される慈愛によって、また世の人びとへの憐れみから、私はひとりあなたに、たとえまったくお気に召さないことであっても、道にかなったことを語るでありましょう」(瓜生津隆真訳、前掲書)
 池田 まさに諫暁の心だね。「世の人びとへの憐れみ」のために語る。民衆のために身命をなげうって正義を語る。これこそ、仏法者の正道です。
 森中 ところが、大聖人の御在世当時の日本では、諸宗は政治権力に媚び、権力による諸宗への不当な肩入れが横行していました。
 院政期ごろから「王法とは、実際には国王(天皇)や世俗諸権門の権力と秩序、その統治」であり、「仏法とは、現実の社会的・政治的勢力としての大寺社ないしその活動のこと」(黒田俊雄著、『王法と仏法――中世史の構図増補新版』、法蔵館)という意味合いが強くなりました。当時の寺院は多くの荘園をもち、大きな権力をもっていました。
 初めて院政を敷いて権力を一手に握った白河上皇が、その自分でも思い通りにならないのが、京都を流れ、しばしば洪水を起こす鴨川の水と、双六のサイコロの目と、比叡山の僧侶集団だ、といっていたくらいです。
 斎藤 比叡山延暦寺や興福寺などの大寺は、宗教的権威を盾に強引な要求を繰り返し、種々の特権を貪っていました。当時の通念では、権力をもつ政治家らが王法、権威をふりかざし権力を動かす悪侶らが仏法となっていたのです。
 治承四年(一一八〇年)に平重衡らが東大寺・興福寺などの奈良の諸寺を焼き討ちした時、九条兼実は、「仏法王法滅尽しおわるか」と日記『玉葉』に記しています。
12  池田 しかし、大聖人が「王法」「仏法」と仰せの時は、まったく意味が違う。
 本来の意味で言われているのです。見せかけの権威や勢力ではない。民衆のための仏法です。
 「王法」とは、社会を支える根本原理であり、その原理を現実に展開する体制です。政治をはじめ、経済、教育、学術等を含んだ、ありとあらゆる社会の営みのことです。
 「仏法」とは、仏の教えの真髄であり、万人の幸福を実現する根本の妙法である。
 狭い一宗一派ではなく、宇宙大に広がる仏の慈悲の心です。人びとを守り導き育む「主師親の三徳」を具えた、仏の魂なのです。人間と社会を向上させる根本が仏法です。
 斎藤 はい。したがって大聖人が仰せの「王仏冥合」とは、「仏法の精神を、社会のあらゆる次元に脈動させていく」「社会に仏法の精神を開花させていく」ことといえます。民衆の幸福を根本とする社会を築いていくことです。
 池田 大聖人は、「立正安国論」の提出の御心を、「本尊問答抄」で述べられています。
 森中 はい。こう仰せです。
 「是くの如く仏法の邪正乱れしかば王法も漸く尽きぬ結句は此の国・他国にやぶられて亡国となるべきなり、此の事日蓮独り勘え知れる故に仏法のため王法のため諸経の要文を集めて一巻の書を造るつて故最明寺入道殿に奉る立正安国論と名けき
 〈通解〉――このように仏法の邪正が乱れたために王法も次第に滅びてしまい、ついには、この国は他国に破られて滅びてしまうであろうことを、日蓮はただ一人考えて知っているが故に、仏法のため王法のため諸経の要文を集めて一巻の書を著して故最明寺入道に奉ったのである。「立正安国論」と名づけたのがそれである。
 池田 亡国への道をひた走っている「仏法」と「王法」の在り方に警鐘を鳴らすために、大聖人は「安国論」を提出されたのです。そのままでは民衆が不幸になるだけであり、社会全体が無間地獄へと堕ちてしまうからです。あくまでも「民のため」であり、「法のため」「社会のため」なのです。
 「仏法」と「王法」が、正しい意味で互いに支えあって平和で豊かな国を創ろう。そう考えられたと拝したい。もとより、「王法」によって自身の「仏法」を特別扱いし守ってもらおうなどという、旧来のゆがんだ関係に入ろうとされたのではなかった。
 森中 ところが、大聖人の御在世当時、諸宗の高僧はその仏法を捻じ曲げ、悪用していました。
 しかも、その弟子たちに至っては、やみくもに師匠を崇めるばかりで、自分たちの誤りにまったく気づいていなかったのです。
 池田 そういう輩には、大聖人の崇高な心はわかりません。自らの卑しい心から推し量って、大聖人も自分たちと同様に権力にすり寄ろうとしていると見ていた。そういう心のやましさがあるから、地位も権力もない大聖人を恐れ、陰に陽に迫害を加えてくる。悪人は自分の影におびえるからです。それは今も同じです。正義の人にいわれなき中傷をする悪人は、自身の悪事を投影して讒言を捏造する。
 しかし、絶え間ない迫害に対して、大聖人は一歩も退かれなかった。民衆を不幸に陥れる悪とは、徹して闘われたのです。
 斎藤 当時は、念仏、天台、真言、律、禅という有力諸宗をはじめ、神道、陰陽道、儒教もありました。しかし「神術しんじゅつかなわず仏威もしるしなし」という結果でした。それにもかかわらず、幕府の中枢をなす北条氏一族は、諸宗への帰依をいよいよ深め、次々と大寺院を建てていったのです。
 森中 「安国論」に「仏閣甍を連ね経蔵軒を並べ僧は竹葦の如く侶は稲麻に似たり崇重年旧り尊貴日に新たなり」と仰せの通りでした。
 〈通解〉――仏教寺院は甍を連ね、経典を納める経蔵も軒を並べている。また僧侶も竹や葦、稲や麻のようにたくさんいる。人々が仏教を崇重するようになってすでに年久しいし、これを尊ぶ心は日々新たに起こされている。
13  池田 確かに建物は立派だ。僧侶も続々といる。
 しかし、すべて形式ばかりであった。その見せかけの格好に、人々は目を晦まされ、心を奪われていた。その様子を大聖人は、続く御文で、厳しく指弾されている。
 森中 「但し法師は諂曲てんごくにして人倫を迷惑し王臣は不覚にして邪正を弁ずること無し」と仰せです。
 〈通解〉――しかし、現在の僧侶の心は、へつらい曲がった心が強く、人々を迷わせている。また国王や臣下たちは仏法に無智のため、僧や法の邪正をわきまえていないのである。
 池田 人々を盲従から解放しようとされ、為政者の自覚と責任を促されているのです。まさに「立正安国論」は、警世の書であり、諫暁の書です。
 斎藤 「種種御振舞御書」には、「立正安国論」は「白楽天が楽府にも越へ仏の未来記にもをとらず」と位置付けられています。
 池田 諫暁書である白楽天の「新楽府」、そして「仏の未来記」に比しているということは、大聖人御自身、安国論を「諫暁書」、「予言書」として位置付けられていたと拝することができます。
 森中 白楽天は、白居易ともいいます。中国・唐代の著名な詩人です。
 彼は、詩は真実の道を託するためのものと位置付け、民の嘆きを謳い為政者を諭す諷諭詩こそ、詩の根本としていました。そして、時の皇帝である憲宗にしばしば諫言したのです。憲宗は、「白居易小子は朕に礼なし」(内田泉之助著、『白氏文集』、明徳出版社)(訳・白居易のやつは、皇帝の私に対して礼儀をしらない)と慨嘆することもありましたが、多くは受け入れて善政を行ったといいます。
 池田 「詩は志なり」――高い志をまっすぐに貫く「詩心」こそ、精神の混迷を打ち破るカギです。これは、アイトマートフ氏をはじめ、多くの世界の一級の文学者と語りあった実感です。
 白楽天は、平凡な家庭に生まれ、学問を究め、民衆のために尽くし、為政者を正している。大聖人がこの中国の大詩人に光を当てられた意義も、わかる気がします。
 森中 白楽天は、「唐生に寄する詩」に、「宮律の高きを求めず、文字の奇なるを務めず、ただ生民の病を歌うて、天子に知られんことを願ふ」(内田泉之助著、前掲書)(訳・言葉の調子が高尚であることを求めない。文章・文字遣いに奇をてらうこともない。ただ民衆の苦悩を詩にうたって皇帝に知られることを願うばかりである)と述べています。
 平明な言葉で、どこまでも民衆の苦しみを皇帝に訴えたのです。
 池田 そうです。「わかりやすい言葉」が大事です。いくら善いことを言っていても、人々に通じなければ役に立たない。また、「力強い言葉」が大事です。勇気から湧き上がる確信の一言こそが心を打つ。
 そして、深く広い心が生み出す誠実が胸に響くのです。
 斎藤 「新楽府」の「序」には「総てこれを言えば、君の為、臣の為、民の為、物の為、事の為にして作る。文の為にして作らざるなり」(内田泉之助著、前掲書)とあります。
 池田 どこまでも、皆のためを願っての正義の言論を――それが白楽天の心であった。その心が、大聖人の御境涯と響きあったのでしょう。
 「安国論御勘由来」には、こう仰せである。
 「ひとえに国の為法の為人の為にして身の為に之を申さず
 自分の地位や名誉のためではない。どこまでも、社会のため、法のため、民衆のために、大聖人は命を賭して訴えられた。
 斎藤 まさしく「立正安国」とは、民衆仏法の在り方そのものですね。
 池田 学会は、個人次元の立正のために、正しい信仰の確立を目指している。社会次元での立正のために、人間尊厳・民衆根本の精神を広げている。その思想を基調として、現実社会で、すなわち王法の次元で、文化・平和・教育の運動を、大いに展開している。世界百八十カ国・地域を舞台とした、この仏法を基調とした大運動は、必ずや「人類の崩れざる平和」へ、大河の流れになっていくと思います。いよいよこれからです。

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