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日蓮大聖人・池田大作

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時代を変えた民衆の風 サバチニ『スカラムーシュ』

「若き日の読書」「続・若き日の読書」(池田大作全集第23巻)

前後
5  革命の因となる病弊を嘆く
 さて、急進派の英雄に祭りあげられたアンドレは、他方、特権階級にとっては仇敵と目されるようになった。彼を「煽動罪」に問う手配書が各地に貼られ、偽名をつかっての逃亡生活を余儀なくされる。
 もっとも、すでに平穏な生活に見切りをつけた彼にとって、波瀾の人生は覚悟のうえであった。彼は逃亡の途次、旅芸人の一座にまじって身を隠す。
 旅廻りのビネ座は、イタリア喜劇の伝統をフランスに復興しようとする。その劇団の脚本を、座員と巡業しながら書くことになったアンドレは、たちまちにして才能を発揮し、抱腹絶倒の喜劇を次々と編みだしていく。
 一座の当たり狂言は、いうまでもなく「スカラムーシュ」である。スカラムーシュとは道化役者の意で、彼自身が道化役を演じ、各地で爆発的な人気を呼んで、いつしか一座の中心人物になる。
 ともあれ、こうした物語の進展に並行して、現実の大革命の様相も、ますます濃くなっている。もはや、アンドレが起こした民衆の風が、巨大な風車を押し倒しかねない気配を見せていた。各地で好評を博したビ、ビネ座は、その圧倒的な人気を背景にして、ナントの劇場に乗りこんでいく。
 アンドレは、そとでダジール侯爵が観劇しているのを見つけると、舞台上から名指しで特権階級の悪事を暴く。劇場は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、アンドレは辛くも脱出して、ふたたび身を隠さなければならなくなった。
 その後の主人公は、大革命前夜のパリに登場し、剣の修行に打ち込んでいる。孜々として一剣を磨いた彼は、並はずれた能力と努力とによって、短期間のうちにフェンシングの教師となり、名剣士と謳われるまでになった。
 バスチーユ襲撃の後、アンドレの剣の師は革命の犠牲者となった。作者サバチニは、本書の扉にフランスの歴史家ミシュレのエピグラムを記している。
  良識のある者は、革命による災害を嘆くのみでなく、革命を起こす原因となった病弊そのものをもまた嘆くものなり。
6  おそらく作者の意図も、ここに尽くされていよう。小説にはロベスピエール、ダントン、マラーといった実在の人物も登場するが、彼らは野心家として描かれている。むしろ架空の人物ではあるが、この小説に登場する主人公のアンドレたちのほうが生きいきとしているのは、大革命の主役が無名の庶民の起こした風であったことを、作者は訴えたかったからであろう。

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