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日蓮大聖人・池田大作

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香港の社会教育者 エリオット女史  

「私の人物観」(池田大作全集第21巻)

前後
4  香港のテレビで、エリオットさんが市街のごみごみした路地裏の一軒一軒にまで足を運び、人びとの意見に真剣に耳を傾けている光景が放映されることがある。そのとき、中国の人びとは、いつも変わらぬ心で人に尽くすエリオットさんの姿に感謝し、親しみを感ずる、という。
 香港は、いうまでもなく英国の植民地である。しかし、九十九年間という長期租借も今世紀末には消え、香港在住の中国人以外の″外国人″にとっては、香港の生活はいわば「借りものの場所、借りものの時間」とも言われるわけである。この中国人社会で、英国人が限りなく純粋に一生を捧げるということは困難なことであり、尊いことである。
 英国人は植民地の運営者側であり、香港という中国人社会にあっては上流階級である。どうしても、多くの香港在住の中国の人びとにとっては、一種の垣根といったものを感ずるようだ。しかし、このエリオットさんには、垣根はない。
 「エリオットは、貧しいものの代弁者」「エリオットは、私たちの心の理解者」――こういった声を、私は、香港のいろいろな友人から聞いた。
 私は、この声は真実の声、と心から納得できた。一人の英国婦人が、香港に渡って四半世紀以上、その地の人びとのために献身的に尽くしてきた事実の振る舞いを、無数の庶民の鋭い目がじっと見つづけ、完全に″垣根″を取り払ってしまったのだと思う。
5  ユーモアの国イギリスの喜劇に、四人の男が登場してうそつきの大会を開き、「私は、いまだかつて癇癪を起こした女性を見たことがない」と言った男が第一位になる話がある。しかし、慎みと品位のなかに情熱と勇気と粘りを満々とたたえたエリオットさんを見たならば、この優勝者は、別の男になっていたにちがいない。
 エリオットさんと同じ名の英国の詩人T・S・エリオットが、今日の世界を「荒地」の世界と名づけたが、わがE・エリオットさんは「荒地」を「緑地」にするために、きょうも笑顔で人に尽くされていることであろう。エリオットさんは、人を大切にする人である。

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