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日蓮大聖人・池田大作

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卒業式のこと・女性の生き方 池田大作  

「四季の雁書」井上靖(池田大作全集第17巻)

前後
8  しかし、その光景を目撃していたこの婦人は、その場にクギ付けになったそうです。
 「ああ、夫もこうして暑い七月に、一滴の水を求めて異国の地で死んでいったのではないか」こう思うと、それまでの敵愾心も消えて、急いで水を汲み上げて、立ち去ろうとするアメリカ兵を追いかけ、道端の草むらに釣瓶をそっと置いた。兵は感謝の心を無言のうちに示しながら、暖をならして飲み下したそうです。やがて捕虜の仲間が一人また一人と来ては水を飲んでいった。
 いつしか水汲みは郵便配達の折の、彼女の日課となっていった。捕虜たちは彼女をみると無言のうちに頭を垂れたそうです。それを知った周囲の日本人の中には、憎悪の目を彼女に向ける人がいたそうです。
 終戦が来て、立場は一変しました。ある日、いつものように集配で同じ道を行く彼女を、四、五人のアメリカ兵が待っていて、口々に「アリガトウ、アリガトウ」と言い、タオルやチョコレートなどの日用品、菓子などを差し出したそうです。家に一人で待つ幼い娘の顔が浮かび、チョコレートなどは咽から手が出るほど欲しかった。しかし、もらってはならないと、道を急いだというのです。
 「どこの国の兵士にしても故国には家族があり、温かいだんらんの家庭がある。だれが喜んで戦争に加担するものか。悪いのは戦争であり、国家の名のもとに戦争に民衆を巻き込む指導者である」
 彼女は心からそう思ったと話していました。
9  市井の一庶民の体験ですが、私には教えられるものがありました。その後、その婦人は娘を立派に育てあげるのですが、その芯の強さ、心の気高さが、彼女を支え、娘を支えたと感じました。一人の女性の来し方ではありますが、女性はやはり、そうした意味での″自立″の強さを持つべきであろうと、しみじみ思います。また女性が真に平和なり幸福を実感した時に、その時代は初めて良き時代と言えると思ったりしたものです。
 例の通り、近況の一端を必ずしも脈絡なく、思うままに記させて頂きました。御清閑の日々を祈り上げて、擱筆かくひつさせて戴きます。
 一九七六年三月十七日

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