Nichiren・Ikeda
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友好そして師と弟子 池田大作
「四季の雁書」井上靖(池田大作全集第17巻)
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6 さらに、私の信ずるところでは、人間の触れ合いの究極の機軸は、師弟という関係にも求められると思います。今日、師弟と言いますと、直ちに学校における教師と生徒というごく限られた意味にしか考えられていませんが、私はもっと幅広く、人生という人間の営みのすべての場面にわたって考えるべきだと思います。権威で結ばれた師弟は、儒教思想によるたんなる礼節に堕しており、形骸化した過去の遺物となっているのが現実です。人生は、そうした師弟の枠よりはるかに広く豊かなものです。友好という触れ合いも、この広い師弟の関係を意識する時、最も理想的な形になるように思われてなりません。
つまり、お互いに師であると共に弟子であるといった、深い人間関係への洞察をもって人間の触れ合いがなされる時、友好は最も実り豊かなものになるように思うのです。すべての面で師であるという人はなく、すべての面で弟子として学ばねばならぬという人もないはずです。ここに、相互に師であると同時に弟子である、という人間関係の無意識の姿が、浮かび上がってきます。
ともあれ私自身、今、イデオロギーや政治体制の相違を超えて、多くの人々に接し、語り、人間としての触れ合いを持つことに、大きな意義と、また深い喜びとを見出しているのは、ただただ、この本来の人間関係にもとづく友情による交流こそが、激動する世界に平和の人を点ずる端緒であると固く信じているからであります。もちろん、それはあくまで端緒であり、ささやかな発火点にすぎないかも知れません。しかし、粘りづよく人間の絆をつくる以外に、行き詰まったこの人間の世界に、何らかの価値あるものを生み出す方途があると考えられないのです。
この四月、創価大学に中国の留学生六人を迎えました。この六人の学生たちとの若々しい交流が、そうした永続の出会いの一つ一つになることを、私は期待しています。
今、この手紙を書いている机の傍らに、ちょうど読みさしの杜甫の詩があります。「茅屋 秋風の破る所と為る歌」の個所です。その終わりに、
自経喪乱少睡眠 (喪乱を経てより睡眠少なきに)
長夜沾湿何由徹 (長夜 沾湿しては何に由りてか徹せん)
安得広厦千万間 (安んぞ広厦の千万間なるを得て)
大庇天下寒士倶歓顔 (大いに天下の寒士を庇いて倶に歓ばしき顔せん)
風雨不動安如山 (風雨にも動かず 安きことは山の如し)
鳴呼何時眼前突兀見此屋(鳴呼 何の時か眼前に突兀として此の屋を見ば)
吾慮独破受凍死亦足 (吾が慮は独り破れて凍死を受くとも亦た足れり)
とあります。感慨あらたなるを覚える次第です。
7 武漢を訪れる途次、私は長江の流れを見ました。千六百メートルにも及ぶ武漢長江大橋の眺めも壮大でしたが、私にはむしろその下を流れる長江の、悠久というか、渺茫と形容したらいいのか、とにかく巨大な人間の歴史のドラマを秘めた大きさに、打たれずにはいられませんでした。そして、ふと、この杜甫の詩の断片を思い起こしたのです。
武漢大学では呉先生の教え子である日本語科の学生たちが、「赤とんぼ」を歌ってくれました。別れの時、記念の刺繍を贈られましたが、それは彼女の教え子たちが作ってくれた手作りのものです。それを机の傍らにみて、思いつくままにこの手紙を書きつらねてきました。
取りとめもない話になってしまって恐縮ですが、帰国後の忽忙の裡に、先生への書信を認めることは、実に心愉しいことでした。乱文乱筆は御海容下さい。
五月に訪中されるとのことですが、先生の御健康と、一路の愉しからんことを祈りつつ。
一九七五年四月二十八日