Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

ゴルバチョフに語られた寓話 チンギス・アイトマートフ

「大いなる魂の詩」チンギス・アイトマートフ(池田大作全集第15巻)

前後
3  一般的な話題につづいて、私は当時、とくによく考えをめぐらした問題にふれた。それは、社会主義という隠れ蓑の陰で、ソビエト社会に長年ひそんでいた問題――つまり権力がつねにはらんでいる矛盾と、それがもたらす不可避的な破局、といった権力者の宿命についてである。
 ある意味で、この運命的な問題は、全体主義のもとで受難の改革者の道を踏みだしたゴルバチョフ自身の運命ともつながっているのではないか、との予感を私はもっていた。要するに、ここで話題となったのは、権力者――一人が多数を支配する方途と代償というテーマである。
 しかし、こういったことをストレートに、あからさまに取り上げるのは適当でない気がした。そこで、私は回り道をすることにした。自分の作品の構想にふれながら、ある東洋の寓話をゴルバチョフに語ったのである。
 これは、今度、予定している作品で展開の要となるものだった。私は、思索しつつ物語り、物語りつつ思索するといった口ぶりで話していった。
 じつは、私が心の痛みとともによく思い出す、古い寓話がある。車中や会合で、また一人の時、だれかと一緒の時にもよく思い出すもので、次のような内容である。
 ――ある時、偉大な為政者のもとに、一人の予言者が訪れ、きわめて虚心坦懐に語り合った。そのさい、客の予言者は為政者にこう言った。
 「あなたの栄光はあまねく知れわたっており、王座はまったく不動です。ところが、奇妙な噂が私のもとに届きました。あなたは恒久的な民の幸福を願い、万人に通ずる“幸の道”を人々に開こうとしていると。つまり、民に完全な自由と平等を与えようとしていると――」
 そうだ、と為政者はうなずきながら、「それは長い間、いだきつづけてきた考えで、実際に自分の信念と決意のとおりに行動するつもりだ」と言った。
 その答えを聞き、聡明な客は短い沈黙の後、こう語りかけた。
 「為政者よ、幾多の人々を幸せにする、この偉大な賛嘆すべき行為は、あなたに不滅の栄誉をもたらすでしょう。あなたの御姿は、神のそれにも等しく高められていくでありましょう。私も心からあなたの味方です。
 しかし、私の使命は真実をすべて包み隠さずに語ることです。あなたは、そこから、ご自分の結論を出さなければなりません。
 為政者よ、あなたには二つの道、二つの運命、二つの可能性があります。どちらを選ぶかは、あなたの自由です。
4  一つの道は、代々の伝統にならって、圧政によって権力の座を固めることです。王権の継承者として、あなたには強大無比な権力が与えられています。今、あなたはその頂点におられるのです。
 この運命は、あなたに今後も同じ道を行くことを命じております。それに従えば、あなたは最後まで権力の座にとどまり、その恩恵のもとに安住することができるでしょう。そして、あなたの後継者もまた同じ道をたどっていくことでしょう」
 ゴルバチョフは終始黙って、この意図の明らかな、しかし、語り口ゆえに決して押しつけがましくはない私の寓話に、じっと耳をかたむけていた。
 つづけて私は、流浪の賢者の、二つ目の予言について語った。
5  二つ目の運命。それは受難の厳しい道である、と予言者は権力の極みにいる為政者に告げた。
 「なぜならば、為政者よ、あなたが贈った『自由』は、それを受け取った者たちのどす黒い、恩知らずの心となって、あなたに返ってくるからです。そういう成り行きになってしまうものなのです。
 では、どうして、なぜ、そうなるのか? なぜ、そんなばかげた不条理がまかり通るのか? 逆ではないのか? どこに正義や理性はあるのか? この問いに答えられる者はいません。これは、天国と地獄の不可思議な秘密なのです。これまでもずっとそうであったし、これからも変わらないのです。
 あなたも同じ運命に襲われるにちがいありません。自由を得た人間は隷属から脱却するや、過去に対する復讐をあなたに向けるでしょう。群衆を前に、あなたを非難し、嘲笑の声もかまびすしく、あなたと、あなたに近しい人々を愚弄することでしょう。忠実な同志だった多くの者が公然と暴言を吐き、あなたの命令に反抗することでしょう。人生の最期の日まで、あなたをこき下ろし、その名を踏みにじろうとする、周囲の野望から逃れることはできないでしょう。
 偉大な為政者よ、どちらの運命を選ぶかは、あなたの自由です」
6  為政者は、その時、流浪の人に答えた。
 「七日間、私を庭で待っていてくれ。私は熟考しよう。七日後に、もし私がお前を呼ぶことがなければ、行ってしまうがいい。自分の道を行くがいい……」
 このような古い寓話を、私はゴルバチョフに語ったのであった。彼は表情を変え、黙していた。私は早くも自分のやったことを後悔し、挨拶をして帰ろうとした。その時、彼は苦笑しながら、口を開いた。
 「言わんとすることはわかっています。出版予定の本の話だけではありませんね。しかし、七日間も私を待つ必要はありません。七分でも長すぎるくらいです。私はもう選択をしてしまったのです。どんな犠牲を払うことになろうとも、私の運命がどんな結末になろうとも、私はひとたび決めた道から外れることはありません。
 ただ民主主義を、ただ自由を、そして、恐ろしい過去やあらゆる独裁からの脱却を――私がめざしているのは、ただこれだけです。国民が私をどう評価するかは国民の自由です……。今いる人々の多くが理解しなくとも、私はこの道を行く覚悟です……」
 ここで、私はその場を辞した。

1
3