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日蓮大聖人・池田大作

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6 医師と倫理性  

「21世紀への人間と哲学」デルボラフ(池田大作全集第13巻)

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11  デルボラフ ここでは二つの点が問題になります。つまり、第一に、人工中絶は許されるのか、第二に、遺伝病がはっきりしている胎児は堕胎してよいのかということです。
 第二の問題については、私は全面的に賛成するつもりでおります。理由は、遺伝病にかかっている胎児は、人間らしい人生を歩むチャンスがほとんどないからです。ドイツでは――たとえば、風疹のように――母胎のなかの子どもの完全さをそこなう重病の場合には、その子を出産しないように、医者から妊婦にすすめています。
 第一の問題については、少なくとも、胎児がある成長段階に入った場合には、キリスト教信者として私は「ナイン(否)」と答えたいと思います。この考えは、西ドイツの現行の法律の考え方に反します。西ドイツの刑法二一八条は、両親が社会的苦境にある場合、人工中絶を認めています。その根拠は、物質的条件が新生児に対して健全な、そして、幸せな幼児期や青年期を保証できないのであれば、出産しないほうがより人間的である、というのです。
 ところが、この論拠は説得力を欠いていて、かえって実存的苦境にある生活環境こそが、ときには、若い人たちに限界を乗り越える力を発揮させることがあります。このことは、また、病理学的障害のある家庭環境についても該当します。
 ここに、しばしばあげられるベートーヴェンの例があります。優生学的見地からすると、父親は酒飲みで、母親は一連の病的な流産をしていましたから、彼は生まれてくるべきではなかったことになります。しかし、もし彼が堕胎されていたら、そのことによって受ける人類文化の損失は、はかりしれないものとなったでしょう。
12  池田 私も、基本的には人工妊娠中絶に反対です。ただし、胎児が遺伝的障害をもっていることが判明した場合、重症のときには胎児の状況、障害の程度をよく説明し、情報を十分にあたえたうえで、両親に判断させるべきではないかと思っています。
 つぎに経済的・物質的条件が問題である場合については、教授と同意見です。むろん、両親の決断が基本ですが、その場合にも、人工中絶の意味を示し、経済的に苦しくても子どもを愛情をもって育てるよう啓発すべきではないでしょうか。まして教授の示されたベートーヴェンの例は、優生学的観点からいって、憂慮されたであろうケースですが、安易に中絶すべきではないという説得力のある優れた例といえます。
13  キューブラ・ロス(一九二六年―)アメリカの女性精神科医。患者の死をとおして現代医療のかかえる問題点、医療側の本来のあり方を追求。著書に『死ぬ瞬間』『死ぬ瞬間の対話』など。
 アルトゥール・シュニッツラー
 (一八六二年―一九三一年)オーストリアの劇作家。戯曲『アナトール』を発表し、医師から新ロマン主義の流れに立つ作家活動へとすすんだ。
 ベートーヴェン
 (一七七〇年―一八二七年)ドイツの作曲家。ハイドン、モーツァルトとならぶ古典派の巨匠。晩年、聴力を失うなかで数々の名曲を残す。
 DNA
 デオキシリボ核酸の略。細胞核内にある染色体を構成する重要な成分。遺伝情報の保存、複製をリードしており、遺伝子の本体とされる。

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