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日蓮大聖人・池田大作

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青少年と人格形成  

「第三の虹の橋」アナトーリ・A・ログノフ(池田大作全集第7巻)

前後
5  池田 青少年の非行化現象は、日本の場合、その低年齢化と女子への広がり、あるいは家庭内暴力とつながった非行や不登校といった新しい傾向が増えつつあることが深刻な悩みをもたらしています。
 教育の普及にもかかわらず、なぜ子どもたちが非行に走るのか。その原因の一つに、子どもを見る大人の側の尺度の狭小さがあるように思われます。いわゆる学業成績の面から見るかぎり、決められた時間やスピードが要求される学校教育のなかでは、できる子とできない子が区別されます。しかし、学習能力は幅広い人間性の全体から考えれば一面でしかないし、もうすこし時間をかければ解答のできる子も少なくないことでしょう。結果よりもプロセス、そして何よりも一人一人の子どもの“学ぶ力”が向上し、自分のものとなりつつあるかどうかにこそ、教師の温かい目が注がれるべきでしょう。
 “できない”という一面をことさら大きくとらえて、結果的に人格全体に侮辱を加えているようなかかわり方の貧しさが、青少年の意識下にある乱暴な心や盗みへの衝動をいたずらに刺激している場合が少なくありません。非行や暴力は裏を返せば追い詰められた子どもたちの悲鳴であり、抗議の叫びだといってもよいでしょう。
 非行を子どもたちの責任として責めるだけでは問題は解決しません。表面的な言動の奥にある子どもたちの本当の気持ちを知っていこうと努めること、あるいは子どもたちの全体像をよくつかんでいこうとする努力が重ねられてこそ、非行への“危険信号”は未然にキャッチされることでしょう。
 とともに、社会全体に矛盾や悪がはびこっていることが、非行化を助長しているように思われてなりません。つまり、善悪の判断、人間として守るべきルールといったものが、あいまいになっていることです。端的にいうならば、教育の場で人間としての基本が教えられていない。人間は限りない強さを発揮する反面、物質的欲望や怠惰への誘惑に負けやすいという弱さももっています。この弱さを十分に鍛え、涵養していく厳しさが欠かせないと思います。
6  その点で思い起こされるのは「人並みにして一つの長所を!」と強調されていた牧口先生の言葉です。初等・中等教育の段階では、ことにそのことが大切だと思います。貴国でも、一人一人の全体的・調和的発達がめざされているようですが、教育においては、学力だけでなく、創造力、思考力、人への思いやり、ユーモアを解する心、困難を耐え忍ぶ力、はつらつたる健康美等々、人間としてだれもが身につけるべき人間性の土壌をこそ、まずもって豊かに耕すべきではないでしょうか。こうした普遍的な人間性の涵養を基盤にしてこそ、各人のもっている個性は、いちだんと強く、鮮やかさをいつまでも失わないものとなるでしょう。
 非行の防止は、対症療法的な消極的なものであってはならないでしょう。比喩的にいえば、たんに患部を治療するというのではなく、そうした病弊をも打ち破っていけるような、心身ともに健全な全的な発達、強化を図っていくことこそ肝要だと思います。そのためには、教師なり、親なりに確たる人間観が求められるでしょう。

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