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日蓮大聖人・池田大作

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自然条件  

「闇は暁を求めて」ルネ・ユイグ(池田大作全集第5巻)

前後
11  ユイグ 海は事実、もう一つの戦野であり、そこでもまた残念ながら、現代文明の欠陥が立証されているのです。そこでも、私たちは、未来のことには無頓着に組織的な開発にとりかかっています。しかも、他方、公害による荒廃をそこにひきおこしています。
 石油の問題は、きわめて重大です。その消費量は(一日に)五十万トンを超え、百万トンに近づきつつあります。周知のように、石油タンカーが、その積荷を事故で漏らすたびに、それは海の災害になります。トリー・キャニオン号がこうして一度に十一万トンの原油を流したことは記憶に生々しいところですが、さらに最近では、アモコ・カディクス号の沈没は、もっと大量の流出を記録しています。
 しかし、もっと悪いことがあります。強欲さと認識の絶対的な欠如から、タンカーがその油槽を空にするやり方は、沖合の海では絶えず行われていることです。それによって費用を浮かしているのです。大洋の主要部分は、その表面から深い海底までも不毛化されつつあります。そのため嘆かわしいことに、すでに多くの魚や海獣を滅ぼしつづけています。
12  だが、もっと悪いことがあります。それは前にも述べたことですが、大気中の酸素は、ふつう考えられているように、森の木々から供給されているばかりではありません。海中のプランクトンのほうが、ずっと大きい酸素の製造源なのです。
 ですから、私たちは海の汚染によって地球上の大気を回復不可能なほど貧弱化させてもいるわけです。この危険は、遠からずして、絶対に無視できないものとなるでしょう。
 結局、人間精神の変革に求める以外に、有効な方法はありません。文明がいつまでも身勝手に、絶えまなくひどくなるこの堕落と、この世界の資源の子供っぽい略奪、未来に対する私たちの義務への無自覚をそのままにしていることはできません。もし私たちが貪欲な開発の段階から脱却して調和的な共存の段階に進むことをしないなら、生命環境を破壊することになるでしょう。
 それは技術手段を盲目的に放棄すべきだということではなく、より大きい体系の中にそれを組み込むことによって、その有害な結果を検討し、償うことです。そうしてこそ、人間は自然とのあいだに新しい均衡を再建することになるでしょう。
13  ここに私たちは、改めて、現代の錯誤によって破壊されているあらゆる部分に調和を回復することの絶対的要請に直面するわけです。すでに申し上げたように人間の身体組織をはじめとして、すべての組織体が、心理的分野でも生理的分野でも、このことを要求しています。そこにぜひとも必要とされるのは、それを構成している部分部分の均衡のとれた参加です。
 それは、私たちがその中に包まれて生きている、限りなく豊かな自然という総体についても同じことです。自然は、私たち自身がそうであるように、等しく一つの組織体なのです。ですから、私たちは、生命環境という組織体について、個人個人の組織体に関してもつ医療や衛生管理と同じ基本的な用心をすべきです。
 個人の身体組織に関しては人間は、その必要性を認め、自分の寿命の延長を可能にする手段を受け入れてきたのですから、ずっと大きい尺度の組織についても種の存続を確固たるものとするために、同じ思考態度を、適用することができないはずはないのです。

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