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日蓮大聖人・池田大作

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勧持品(第十三章) 「弟子が師子吼」「…  

講義「法華経の智慧」(池田大作全集第29-31巻)

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12  斉藤 極楽寺の僧侶が、貧しい市井の庶民とはかけ離れた優雅な生活をしていたという事実が想像できますね。
 池田 そう。大聖人は、良寛の姿について「身には三衣を皮の如くはなつ事なし」と仰せです。質素そうな振る舞いを見せている。
 しかし、これは世間向けのポーズに過ぎない。実際は権力と癒着して、関所での銭貸の徴収権といった利権を握り、民衆を苦しめていた。まさに「利養に貧著する」姿そのものです。僭聖増上慢の実体です。
 また本来僧侶の「衣」は、民衆のために働く「作業服」です。それが「権威の衣」となっては転倒です。
 須田 医師の白衣、弁護士や政治家のバッジなども、権威の衣となり、権威のバッジとなる転倒が見られますね。
 遠藤 良寛が本性をむきだしにしてきたのは、文永八年の祈雨の勝負で大聖人に敗れてからです。
 斉藤 「良寛が敗れた場合は、大聖人の弟子になる」という約束でしたが、良観は約束を守るどころか、陰に回って大聖人迫害の裏工作を図っていくのです。
 遠藤 まず手初めに、浄光明寺の僧・行敏に大聖人と法論させようとしました。これに対して大聖人が、「私的な法論ではなく、正式な公場対決にすべきである」と主張されると、良観らは行敏の名で、大聖人を誹謗する訴状を門注所(裁判所)に提出させます。
 大聖人は、これが良観の企みであることを見抜かれて、良観が諸国の守護や地頭らに「日蓮とその弟子等は、阿弥陀仏を火に入れたり、水に流したりしている」(御書一八二ページ、趣意)と讒言し、「頸を切って、所領を追い出せ」(同ページ)と言ったことを指摘されています。「ウソを広めて迫害させる」という手口です。
 斉藤 「頼基陳状」によると、良観らが「大聖人を死罪にせよ」と訴状まで提出し、その動かぬ証拠を大聖人は手に入れておられたようです。
 池田 良観は、持戒第一とうたわれ、殺生禁断を人々に説いていた。いわば虫も殺さぬはずの人間が、大聖人を殺すように訴えていた張本人だった。これが「生き仏」の実態だったのです。
 斉藤 良観の場合、当時、ほとんどの人は「僭聖」の正体を見破れませんでした。今でさえ、良観はどちらかというと尊敬されています。まして鎌倉時代の人たちにとってみれば、″あんなにすばらしい良観さまのことを悪しざまに罵る日蓮房は許せない″ということになったのでしょう。
 遠藤 そうですね。「本当は何が正しいのか」という探求ではなくて、単なるイメージに動かされる。現代のマスコミの多くも、哲学がないから、情報はただの商品となる。売れるためには、人々の興味を引けばなんでもよい、という姿勢です。
 斉藤 結局、民衆が賢くなるしかない。僭聖増上慢が思い通りにできない世の中を、民衆がつくるしかありません。
 池田 いつの時代にも、多くの人にとって侵しがたいタブーがあるものです。
 権威ともいってよい。その仮面の陰に隠れるのが「僭聖」なのです。その「権威」は宗教とは限らない。時と場所によって変わるでしょう。
 それにともなって、僭聖増上慢の現れ方は変わりますが、方程式は同じです。つねに、その社会の″聖なるもの″を利用して法華経の行者を迫害するのです。
13  遠藤 現代の「僭聖」について、戸田先生は、こう言われています。
 「世間の人々に指導者として信頼される学者および評論家、文学者、および世の指導機関たる一流の日刊新聞の論説などが、その利益および感情等のために官憲等と結んで、下種仏法とその広宣流布への活動に強く攻撃を加える時が現れるとすれば、第三類の強敵出現と断ずることができるであろう」(『戸田城聖全集』6)と。
 斉藤 たしかに現代においては、″聖なるもの″は、いわゆる宗教とは限りません。
 トインビー博士は、十七世紀におけるキリスト教の後退によって西洋に生じた″空白″は、三つの別の信仰の台頭によって埋められたと、先生との対談で語っていています(『二十一世紀への対話』本全集3)
 第一は、技術、科学面における進歩の必然性への信仰。第二はナショナリズム(国家主義)、第三は共産主義であると。
 池田 そう。トインビー博士は、その三つとも行き詰まりを見せている、と言われていた。そして、だからこそ人類の未来の宗教、つまり、新しい宗教が必要だというのが二人の結論でした。
 遠藤 この連載の冒頭を思い出します。哲学の空白時代だからこそ、人々は真空に耐えられず、新たな結合の原理を求める。そこで民族主義や様々な宗教が広がっている、と。
 須田 ″聖なるもの″は、社会の結び目なんですね。それなくしては、社会が成り立たない。
 池田 トインビー博士の話を要約すれば、近代西欧は、宗教をもつことをやめたのではなく、もつところの宗教を変えたのだということになる。いつの時代でも″聖なるもの″がなくなることはありません。形を変えるだけなのです。
 須田 フランスの社会心理学者は語っています。「どの社会も、その社会にとって欠くベからざる神々をそれぞれの時代にみずからの手に入れるために必要な、一切のものを持っている。そして、科学が、社会から神々を免除し、宗教に変わる何らかの代替物を創り出すことのできる時代が来ることは、決してあるはずがないように思われる」(セルジュ・モスコヴィッシ著『神々を作る機械』古田幸男訳、法政大学出版局)
 斉藤 日本では、戦前は一種の宗教国家でした。戦後にあっては、「経済」が″聖なるもの″だったかもしれません。
 池田 しかし、人々を幸福にするための経済が、いつしか経済発展そのものが目的となってしまった。
 「人間のための経済」ではなく、「経済のための人間」になってしまった。こうした転倒は、医療、学問、政治、科学、教育、その他、あらゆる場合に起こりうる。事実、起こっている。この転倒を、すべて「人間のため」に引き戻す″原点″が法華経なのです。
 遠藤 本当の「人間のため」「人間の尊厳」が確立していないと、その時代の″聖王なるもの″を信じているうちに、いつしか″聖なる仮面をかぶった僭聖″に支配されてしまいます。その端的な例がファシズムです。気がついた時は手遅れです。
 須田 ある日本の哲学者が言っていましたが、軍国主義の一番最後に来たものが一番最初に来ておれば、かなり多くの人が抵抗しただろう。気がついた時には遅かった、と。
 池田 「僭聖」の正体を民衆に暴くことが大事なのです。一部の人が目覚めただけでは、社会は変わりません。
 だから、行動を起こして僭聖増上慢をあぶり出すしかないのです。煎じ詰めれば、その社会の人々が、法華経の行者を捨てるか、僭聖増上慢を捨てるかです。
 法華経の行者を捨てた社会は、僭聖増上慢に操られたまま、結局は亡国の道をたどっていかざるをえない。そうならないために闘うのです。「三類の強敵との戦い」は即「立正安国の戦い」なのです。
14  殉教こそ宗教の生命
 池田 全体主義の迫害と戦ったシュテファン・ツヴァイク(オーストリアの作家)は書いています。
 「ある思想がこの地上で本当に生きたものとなるのは、その思想のために生き、その思想のために死ぬような証人や確信者を、その思想がみずからのためにつくりだすことによってはじめて可能だ」(『権力とたたかう良心』高杉一郎訳、『ツヴァイク全集』17、みすず書房)と。
 「殉教者」こそ、宗教の誉れです。教団の礎です。「殉教」の心がなくなった時から、宗教の死が始まるのです。
 遠藤 その心が、勧持品の肝要ですね。
 池田 三類の強敵は、宗教のために他人を迫害し、殺そうとする。それと反対に、法華経の行者は、信仰のために自分が死んでいこうとする。
 象徴的に言えば、人を火あぶりにするの僭聖増上慢です。それに対して、社会を救うために、自分が火刑に赴くのが法華経の行者です。大聖人がそうであられた。牧口先生、戸田先生がそうであられた。戸田先生はよく言われていた。「三類の強敵よ、早く出でよ。その時こそ、ともに喜び勇んで、敢然と戦おうではないか」と。
 勧持品二十行の偈で、菩薩たちは「我身命を愛せず但無上道を惜しむ」(法華経四二〇ページ)と誓っています。不惜身命の人が成仏するのです。今、一人立つ死身弘法の人が仏になるのです。
 斉藤 「たとえ一人になっても」──ハワイでの講演で先生が引かれた、ガンジーの言葉にもありました。「たとえ一人になろうとも、全世界に立ち向かい給え! 世界から血走った眼で睨まれようとも、君はまっこうから世界を見すえるのだ」(″The*Collected*Works*of*Mahatma*Gandhi*Online,*vol.83″*Publications*Division,*Ministry*of*Information*and*Broadcasting,*Goverment*of*India,*Navajivan*Trust)
 この後、講演を受けて、コロンビア大学のサーマン教授は語られました。
 「世界が平和であるためには、暴力によって死ぬことを決意している人よりも、非暴力のために喜んで死のうという人が、もっと多くならなければなりません。それこそ、まさに、池田会長が『人間革命』と呼ぶものの核心なのです」(ボストン二十一世紀センター「ニューズレター」第三号)
 私どもも、今こそ弟子として、敢然と正義を「師子吼」してまいります。

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