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日蓮大聖人・池田大作

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見宝塔品(第十一章) 「我が身が宝塔」…  

講義「法華経の智慧」(池田大作全集第29-31巻)

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9  斉藤 「此の無作の三身をば一字を以て得たり所謂信の一字なり」と仰せられているのがまさにそれですね。
 池田 大聖人が「此の御本尊の宝塔の中へ入る」とおっしゃっているのも、私どもが己心の中に宝塔を打ち建てることができる、ということです。依正不二ですから、我が身に宝塔を開けば、我が生きる世界も宝塔の世界であり、「宝塔の中に入る」ことになる。御本仏の世界の一員として、自在に活躍していけるということです。このちっぽけな自分という身が、七宝で荘厳され、大宇宙へと限りなく境涯が広がるのです。これほどすばらしいことはない。
 戸田先生は、獄中で法華経を読み切られ、その真髄が大聖人の御本尊にあることを悟られた。法華経の一文一句が大聖人の仰せと寸分も違わないことを知って、歓喜の涙を流されたのです。
 斉藤 その模様は小説『人間革命』の第一巻に記されています。牢を出られた戸田先生は、ご自宅の御本尊を拝して、一字一字たどっていきます。
 そして、「たしかに、このとおりだ。まちがいない。まったく、あの時のとおりだ。彼は心につぶやきながら、獄中で体得した、不可思議な虚空会の儀式が、そのままの姿で御本尊に厳然として認められていることを知った。彼の心は歓喜にあふれ、涙は滂沱として頬をつたわっていった」とつづられています。
 遠藤 今の私たちには、その歓喜の程は想像するしかありませんが、獄中で体得したことに間違いがなかったことを、その時、いっそう確信されたのですね。
 池田 その戸田先生の確信があればこそ、御本尊根本の信心が学会の中に確固として築かれたのです。学会の大発展の原点です。
 先生は透徹した眼ですべてを見通されていた。小手先はいっさい通用しない。だから、体当たりでぶつかるしかなかった。それに必ず応えてくださる先生だった。年を経るにつれ、戸田先生のすごさを改めて実感してならない。身に染みて分かってくる。
 たとえば、多くの宗教は、聖地巡礼のように、宗祖ゆかりの場所を特別の地として崇める。大聖人でいえば、流罪の地である伊豆や佐渡、法難の竜の口や小松原また活躍された鎌倉、聖誕の地・小湊、その他、身延、池上などの地があります。しかし戸田先生は、それらの地を″聖地″とするのではなく、どこまでも「御本尊根本」でいけ、と教えられた。ここに戸田先生の偉大さがある。
 御本尊を強盛な信心で拝するところ、いずこであれ、そこが最高の″聖地″である。そこが虚空会であり、霊山であり、宝塔が建つところだからです。
 須田 ブライアン・ウィルソン博士(国際宗教社会学会元会長)は、ある特定の地を聖地として、そこに行かなければならないとするような宗教では、世界宗教にはなりえないとも言われたそうです。
 池田 その通りです。「いま・ここ」で永遠なる虚空会の儀式に連なれる。我が身に、我が生活に、我が家庭に、宝塔を光らせていける。これが御本尊の素晴らしさです。どこまでも身近です。現実です。虚空会は前後の霊山会(霊鷲山での会座)と違って、「時空を超えた」世界である。歴史的な特定の時・場所ではない。だからこそ、「いつでも・どこでも」虚空会につながることができるのです。
 虚空会の儀式を表した御本尊を拝することによって、私どもは、「いま」永遠なる宇宙生命と一体になり、「ここで」全宇宙を見おろす境涯を開けるのです。その意味で、日々の勤行・唱題は、宇宙飛行士が宇宙空間から地球を望むよりも、もっと壮大な「生命の旅」といえるのではないだろうか。
10  自身を荘厳する「七宝」
 遠藤 そうしますと、宝塔を飾る「七宝」も私たち自身の生命にあるものですね。
 池田 そうです。それ以外にありません。
 斉藤 大聖人は、阿仏房に「七宝」とは「聞」「信」「戒」「定」「進」「捨」「慚」であることを明かされています。
 池田 我が身の内なる宝です。金・銀等の七宝が″世間″の財宝であるのに対し、聞・信等の七宝は″出世間″における財宝です。この財宝だけは、死後にも、もっていける(笑い)。「永遠の財宝」です。
 遠藤 この七宝は七法財といわれ、仏道修行の上で不可欠の要件とされています。
 須田 「七宝」については、かつて先生がわかりやすく教えてくださっています。
 まず、「聞」とは、聞こうとする求道心です。仏道修行の第一歩は「聞」から始まります。
 「信」は信ずる力。以信代慧で、智慧も「信」から涌現する。また、人間と人間を結ぶのも「信」の力です。
 「戒」は、本来、防非止悪(非を防ぎ悪を止む)の意味で、仏法の正しい軌道を、きちっと歩んでいくということです。自律の精神、正義の心とも言えます。
 「定」は禅定、すなわち心を定め、雑念を払い、安定した境地に立つことです。「定」とは揺るぎなき不動の心、信念と言えるでしょう。
 「進」は「精進」の意です。一生成仏と広宣流布を目指し、たゆみなく前進し、進歩する息吹です。
 「捨」は、執着などを捨て去ること。小さなエゴを打ち破っていく勇気、大いなる理想への挑戦なども含まれます。
 「慚」とは慚じることで、自分を見つめる謙虚な心を意味しています。
 池田 これらは全部、「信心」の二字に納まっている。
 学会活動に全部、入っている。妙法を根本に、昼は太陽とともに働き、夜は月光とともに自分という人間を見つめて、また進歩していく。そういう信心即生活こそが七宝に飾られているのです。これこそ本当の「豊かな人生」なのです。
 斉藤 これらの一つ一つは、信仰者だけでなく、万人にとって大切な「人間の条件」ですね。
 池田 信仰とは、最高に正しい人生を生きるということです。仏法の智慧は、最上の「人間学」です。
 宝塔は人間の「生命」にある──そう見ることは、一切の差別を超えて「人間の尊厳」を見ることです。
 なぜかならば、「生命」に序列はない。だれもが「生命」をもっている。男女の違いもない。皮膚の色の違いもなければ、貴賤上下の差別も一切ない。民族の違いもない。一切、平等です。
 ゆえに、宝塔が立つとは、「人間平等」の尊厳観が打ち立てられたとも言えるのです。真実のヒューマニズムです。
 遠藤 「貴賤上下をえらばず」──「阿仏房御書」の一節の通りですね。
 池田 他人を差別する人は、自分の尊厳をも傷つけているのです。他人を大切にすることによって、みずからの宝塔も輝くのです。
 須田 「自他不二」の心ですね。
 斉藤 不軽菩薩品(第二十章)のテーマになりそうな感じですね。
 遠藤 先に進み過ぎると、あとで困るかもしれません(笑い)。
 池田 それもそうだけど、大事なテーマは、おしなべて法華経全体に貫かれているものです。また、くわしく論じる機会があるでしょう。
11  究極の民主主義
 遠藤 相手を「宝」として尊敬するというのは、まさに究極の民主主義ではないでしょうか。
 ホイットマンは「民主主義の真髄には、結局のところ宗教的要素がある」(『民主主義の展望』、佐渡谷重信訳、講談社)と言っています。
 須田 ホイットマンの民主主義観は、私も読んだことがあります。こう書いていますね。
 「民主主義は今のところ、やっと萌芽しつつある状態であり、それをもっぱら広範囲にわたって、十分に満足させるほど正当化する仕事は未来にゆだねられているように思われる。そのためには、主に民衆の中に完全な人間をたくさん作り出すことであり、さらに健全で、全面的に普及するような信仰心が現れることだと思う」(同前)
 斉藤 先日(一九九六年四月二十六日)、ボストン二十一世紀センターでも、「民主主義と宗教」をめぐっての講演会が開かれました。
 アメリカ公民権運動のキング牧師の盟友であったハーディング博士(デンバー大学教授)が講師でした。キング氏の足跡にふれながら、「アメリカの民主主義は、いまだ未完成である。その完成のためには、宗教に根差し、民衆と同苦する指導者が不可欠である」という点を強調されたとうかがっています。
 池田 「民主主義」の魂は「個人への尊敬」です。あらゆる人の生命を、平等に尊極なるものと見ることができるかいなか。すべて、この一点にかかっている。
 須田 多くの日本人は「わが国は民主主義国家だ」と思っているかもしれませんが、「民主主義は、いまだ未完成」とした百三十年前のホイットマンや、今のハーディング博士のほうが、はるかに真実を見抜いていると思います。
 池田 民主主義は結局、生き方だからね。チェコスロバキアの祖国の父マサリクの言葉がある。チャペック(チェコの劇作家)が紹介しています。
 「民主主義は、単なる国家形態ではなく、単に憲法の条文だけではありません。民主主義は人生観であり、人々と人間性と人性への信頼に基づくものです」(『マサリクとの対話』、石川達夫訳、成文社)。
 人間を、何かの手段としてではなく、尊い「永遠の存在」として信頼する。それが民主主義だと言うのです。
 そのように自分を信じ、人を信じる。そうすれば、「永遠なる者は永遠なる者に対して無関心ではいられず、永遠なる者は永遠なる者を悪用したり搾取したり暴力的に支配したりすることはできません」(同前)と。
 大聖人は「宝塔即一切衆生・一切衆生即南無妙法蓮華経の全体なり」と教えてくださっている。そのように見るのが「見宝塔品」です。
 我が身に宝塔を見、我が友に宝塔を見る。そして「宝塔」また「宝塔」の林立で、我が地域を荘厳していくのです。地球を荘厳していくのです。
 広宣流布の「宝の塔」を、我が地域に立てることです。私はこれだけやったと「永遠の金字塔」を残すことです。「我が塔は、ここに立つ」と人生を飾ることです。
 釈尊は大闘争の人生を総仕上げせんとして法華経を説いた。「妙法を広宣流布させるのだ」という釈尊の行動に呼応して、宝塔が出現した。多宝如来が加勢に現れ、十方の諸仏も集結して釈尊を取り囲んだ。全部、もとは釈尊の「広布への一念」です。戦いです。
 広布への行動によって、はじめて「宝塔」は建つ。観念ではない。現実との格闘であり、大難との真剣勝負です。
 そこに「聞・信・戒・定・進・捨・慚」の七宝で飾られた自分自身と輝くのです。
 大聖人も宝塔である御本尊を、大難のさなかで、はじめて建立された。その意味で、宝塔品に、末法の妙法流布の困難を教えた「六難九易」が説かれていることは偶然ではありません。
 次は、このことも語っていこう。

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