Nichiren・Ikeda
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第25巻 「人材城」
人材城
小説「新・人間革命」
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53 人材城(53)
五月二十九日、熊本文化会館の周辺には、朝から大勢の学会員が待機していた。山本伸一に一目会いたいと、熊本県の各地から来た人たちである。
文化会館の窓から、そうした人たちの姿を見た伸一は、県長の柳節夫に言った。
「私は、今日の午後には、東京に戻らなければならない。この機会を逃すと、しばらくお会いできないだろうから、来られている方々のために、勤行会を開きたいと思う。全員、会館のなかに入ってもらってください」
アメリカの哲人・ソローは記した。
「今こそ好機逸すべからず」
ホイットマンは叫ぶ。
「大事なこと、それは今、ここにある人生であり、ここにいる人々だ」
伸一も、「今」の重みを痛感していた。
午前十時過ぎから、伸一の導師で勤行が始まった。突然の勤行会開催に、集って来た人たちは皆、大喜びであった。
勤行終了後、九州担当の副会長が話をしている時、伸一は、熊本の幹部に尋ねた。
「ここから、阿蘇にできる講堂まで行くには、時間は、どのぐらいかかるの?」
「一時間以上かかると思います」
「そうか。じゃあ、今回は無理だな」
阿蘇には、七月、女子部の会館として白菊講堂が、オープンする予定であった。
マイクに向かった伸一は言った。
「今度、白菊講堂ができましたら、私も必ず伺います。熊本は、本当に、いいところです。すばらしい人材が光っています。また、おじゃまします」
彼は、可能ならば、日本全国の、いや全世界のすべての会館を訪問し、その地域で広宣流布のために奮闘する同志と会い、共に語らい、励ましたかった。自分の体が一つしかないことに、口惜しさを覚えることもあった。
伸一は、訪問できない地域の同志には、ひたすら題目を送った。″心は、常に一緒ですよ。私に代わって地域広布を頼みます″と叫ぶ思いで、唱題に唱題を重ねてきたのだ。
54 人材城(54)
勤行会のあと、山本伸一は、急いで仕事に取りかかった。どこにいても、さまざまな報告の書類や、会長として決裁しなければならない事項が山積していた。
執務の合間を縫うように、慌ただしく食事をし、また、執務を始めた。しばらくすると、同行の幹部から、「先生にお会いしたいと、さらに、多くの皆さんが詰めかけております」との報告があった。
「わかりました。出発前に、また、勤行会をしましょう」
午後一時半過ぎ、伸一は、熊本文化会館のロビーに顔を出した。そこで、前日、約束していた乃木辰志の母親に会った。母親は、清楚で小柄な婦人であった。
「昨日、息子さんから、お母さんのことを伺いました。子どもさんは、全部で何人いらっしゃるんですか」
「はい。辰志の下に弟がおります。弟も歯医者をめざして、大学の歯学部で学んでおります」
「そうですか。二人の子どもさんを、広布後継の立派な医師に育ててください。
ところで、ご主人のお仕事は、うまくいってますか」
「不景気ですので、必ずしもうまくいってはおりません」
「そういう時こそ、ご主人に、優しく接していくことが大事ですよ。『信心していないから行き詰まるのよ』などと言って、追い込むようなことをしてはいけません。ご主人も心の底では、″信心するしかないかな″と思っているんです。でも、格好がつかないんです。その心をよく理解して、聡明に、ご主人を応援し、一家の幸せを築いていくんです」
妻が夫の入会を真剣に願うのは、一家の幸福を願う心の、自然の発露であろう。
しかし、信仰をめぐって争い、仲たがいすることは愚かである。夫に幸せになってほしいという原点に立ち返ることだ。その愛情と思いやりに富んだ言葉、行為をもって、夫を包んでいくのだ。そこに仏法がある。
55 人材城(55)
午後二時前、熊本文化会館の大広間に姿を現した山本伸一は、「さあ、皆で万歳を三唱しましょう」と提案した。
喜びに満ちあふれた参加者の「万歳!」の声が、雷鳴のように轟いた。
伸一は、皆に視線を注ぎながら言った。
「今日の私の話は、簡単なんです。
まず、『勤行はきちんとしましょう』ということです。それが、信心の基本ですから。
そして、太平洋のような大きな心で信心に励んでください。信心していても、いやな人と出会うこともあれば、大変なこと、辛いことも、たくさんあるでしょう。しかし、そんなことに一喜一憂するのではなく、大きな心で生きていくんです。仏の使いですもの。
悩みは、誰にでもあります。それに心を奪われて、希望をなくし、歓喜をなくしてしまってはなりません。
怒濤をも包み込む大海の境涯で、悠々と、また堂々と、広宣流布という人類史の大ドラマを演じていこうではありませんか!」
それから彼は、ピアノに向かい、「荒城の月」「厚田村」などを、次々と演奏していった。さらに、小さな子どもたちがいることから、「春が来た」や「夕焼小焼」などの童謡も弾いた。
「では、これから勤行をしましょう」
朗々たる伸一の読経が響き、皆の声が一つになった。
伸一は祈った。ひたぶるに祈った。
″立ち上がれ! わが師子よ!
君も、君も、あなたも、あなたも……新しい戦いの幕を開くのだ。困難を恐れるな! 波浪に屈するな! 私と共に、力の限り、生命の限り、広宣流布の使命に生きよう。そこに人生の勝利と幸福の大道があるからだ″
伸一は、出発時刻ぎりぎりまで、熊本の同志を励ました。出会いを紡ぎ、心を結び、魂を注ぎ込んだ。
彼は、愛する同志のために、一身を投げ出す覚悟で激励行を続けたのである。