Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第21巻 「宝冠」 宝冠

小説「新・人間革命」

前後
51  宝冠(51)
 午後一時半、ソ連対文連、モスクワ大学が主催する「さよならパーティー」に、山本伸一たち、訪ソ団一行が招かれて出席した。
 会場は、森と池に囲まれた、モスクワ郊外のレストランであった。
 まず、主催者を代表して、モスクワ大学のトローピン副総長があいさつした。
 「楽しい思い出を刻みつつ、会長と共に過ごした日々は終わりに近づき、遂に、お別れのパーティーとなってしまいました。
 会長一行の今回の訪問によって、ソ日両国の友好と協力は一段と進みました。大成功の第二次訪ソであったと確信します。
 『尊敬する皆さん!』と呼びかけ、あいさつをすることも、これが最後になってしまいましたが、私たちは、このたびの皆さんの訪ソを、永遠に忘れることはないでしょう。
 なぜなら、未来にわたる友情の種子が、見事に芽を出したからです」
 そして、新たな旅立ちの乾杯となった。
 その後も、あいさつは続いた。訪ソ団のメンバーは、通訳を務めたモスクワ大学のストリジャック主任講師をはじめ、皆の献身的な尽力に対して、口々に御礼を述べた。
 伸一も、あいさつに立った。彼は、関係者に、深く、丁重に感謝の意を表したあと、今後の友好への決意を力強く語り始めた。
 「よく『日本人は熱しやすく冷めやすい』と言われます。国と国との友好にあっても、確かにそうした傾向があることを、日本人の一人として私も残念に思っております。
 その場だけを取り繕おうとする発言、約束は、いくらでもできます。しかし、それでは本当の友好は確立できないでしょう。
 『建設は死闘』です。真の友好の道を開くのは、その決意と行動です」
 伸一は、一部の政治家たちの、口先だけの実践なき″親善″や″友好″を憂えていた。いや、怒りさえ覚えていた。
 「ただ迅速果敢な行動のみがすべてを決定する」とは、カエサル(英語名・シーザー)の至言である。
52  宝冠(52)
 山本伸一の誓いのこもったあいさつが、参加者の胸に響いた。
 「真の友好とは、その場限りのものではなく、将来にわたる、崩れざる友好でなければなりません。また、相互理解には、相互努力がともなうべきものであり、それがあってこそ、平和は達成されます。
 私は、永遠に日ソの平和交流を貫いていきます――その決意を、遺言にも似た思いで、ここに語っておきます。
 私たちは、永遠にわたる友好をめざしていこうではありませんか!」
 話し終わると、一瞬、場内は水を打ったように、静寂に包まれた。皆、この数日間、目の当たりにしてきた伸一の行動を思い起こしながら、彼の言葉をかみしめているようであった。しばらくして拍手が鳴り響いた。
 その時、一人の日本人女性が立ち上がった。日本対外文化協会の紹介で、通訳として第一次訪ソの時から伸一たちに同行してきた女性である。しかし、彼女は、立ったきり、なかなか話を始めなかった。見ると、その目は潤み、懸命に嗚咽を堪えていた。
 やがて、肩で大きく息をし、話し始めた。
 「私は、今、泣いております。……私は長い間、通訳をしてきただけに、今、先生の話した日本人の悪い面は、いやというほど目にし、耳にしてきました。友好を口では唱えながら、心は違っている人が多かったのです」
 言葉が途絶えた。込み上げる感情を抑えるように、彼女は、話を続けた。
 「私は、私は……今の先生の話を聞き、先生の行動を見て……、初めて、通訳をしてきてよかったと心から言うことができます。先生、ありがとうございました!」
 その目は輝き、頬には涙が光っていた。
 平和を願っての伸一の懸命な行動を間近で見てきた彼女は、真の友好に貢献できた喜びから泣いたのである。会場は、さわやかな感動に包まれた。
 惜別の時は過ぎ、光あふれる戸外で記念のカメラに納まり、パーティーは終了した。
53  宝冠(53)
 ソ連の大地に別れを告げる時が来た。
 山本伸一たち訪ソ団一行は空港に向かい、午後八時に、モスクワのシェレメチェボ空港を出発し、帰国の途に就いた。
 伸一は、次第に高度を上げる飛行機の中で、一人の老人との対話を思い起こしていた。
 この日の午後、「さよならパーティー」の会場に早めに着いた彼は、店の近くにある池の畔を歩いた。そこに、フードの付いたコートを着て、鳥打ち帽を被った老人が、孫を連れて、釣り糸を垂れていたのである。
 「どうですか、釣れますか」
 「まあまあだね……」
 伸一は、家庭のことなどを尋ねてみた。戦争で失った家族がいるようだ。
 「今は、幸せですか」
 伸一が聞くと、老人は答えた。
 「ああ、こうして孫と一緒に釣りができるからね。若い時は、戦争に行っていて、釣りもできなかった……」
 それから、孫に視線を注ぎながら語った。
 「わしらは、戦争に苦しめられてきた。この子たちには、あんな思いは、絶対にさせたくはない……」
 そして、胸の思いを吐き出すように言った。
 「もう、こりごりだ……。戦争はいけませんや。絶対に、絶対にいけませんや!」
 戦争の辛酸を、幾たびとなく、なめてきたのであろう。深く皺の刻まれた顔には、怒りと、悲しみがあふれていた。―
 ―伸一は、その顔を、その声を、忘れることができなかった。
 ″民衆は、心の底から平和を求めている。
 その声をくみ上げ、その心を結ぶのだ!″
 伸一は、窓の外を見た。星々の下に、漆黒の世界が広がっていた。彼の目には、地上に延びる精神のシルクロードが映っていた。
 ″この精神のシルクロードを築き上げることこそ、モスクワ大学の名誉博士号という「知性の宝冠」を賜った私の使命なのだ!″
 彼は逸る心で、星辰の彼方を仰いだ。

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