Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第18巻 「飛躍」 飛躍

小説「新・人間革命」

前後
54  飛躍(54)
 陳鮑美蘭は、信心を始めて一カ月後、九竜の立信(ラップション)ビルで行われた香港支部大会で、初めて山本伸一と会った。
 伸一は力強く訴えた。
 「幸福への決め手は、何があっても、負けることのない精神の強さ、価値を創造していく智慧、そして、喜びと希望にあふれた、豊かな心をつくり上げていくことにあります」
 そして、幸福も、平和も、すべて自分自身の生命の変革、人間革命から始まり、その道を示しているのが仏法であることを述べ、「香港を幸福の花園に」と呼びかけたのである。
 美蘭はハッとした。
 彼女は、どこに行けば幸福になれるのかを考え続けてきた。
 しかし、生まれた日本をはじめ、台湾にも、広東にも、安住の地はなかった。
 伸一の話は、その幸福がどこにあるかを、明確に示していた。
 ″幸福は、私自身のなかにあるのだ!
 どんな逆境にも負けない強い心を、価値を創造していける豊かな心をつくる以外にない。
 そして、皆が自分を変え、人間革命していくならば、社会の平和を実現することができる。
 必ず、この仏法をもって、香港を幸福の花園にしよう″
 御聖訓には「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処は山谷曠野せんごくこうや皆寂光土みなじゃっこうどなり」と。
 彼女は、広宣流布に生きることを、深く心に誓った。そして、夫の陳済民と共に、懸命に香港広布に走った。
 やがて彼女は、日本語学校の教師の仕事に就くことができた。
 美蘭は、メンバーのために、日本での講習会をはじめ、さまざまな機会に通訳として奮闘した。
 さらに、香港の機関紙「黎明聖報」の発刊が決まると、御書や学会の指導の翻訳を引き受けてきたのである。
 彼女は、しみじみと思うのであった。
 ″激動の歴史に弄ばれてきたように思える自分の人生も、決して無駄ではなかった。
 日本語を学び、戦争の恐ろしさを体験してきた私には、香港の人びとの平和と幸福のために、大聖人の仏法を伝える使命がある。私の半生は、そのためにあったのだ″
55  飛躍(55)
 山本伸一は、会議の式次第が表彰に移ると、妻の峯子と共に表彰状を授与する周志剛議長の傍らに立った。
 そして、一人ひとりに拍手を送り、「おめでとう」「ありがとう」と声をかけていった。
 陳鮑美蘭に表彰状が手渡されると、伸一はひときわ大きな拍手を響かせて語りかけた。
 「黙々と頑張ってこられた、あなたの功労は永遠に光り輝きます。
 香港の宝です。おめでとう」
 彼女は、決意のこもった目で伸一を見つめて、「先生、ありがとうございます」と言い、深く、深く、頭を下げた。
 夫の陳済民は、満面に笑みを浮かべ、目を潤ませながら、手を叩き続けていた。
 彼にとって妻は、共に香港の人びとの幸福と平和のために戦う、いわば広布の″戦友″であった。
 彼女が、仕事、育児、そして、日々の信仰活動のうえに、翻訳や通訳に奮闘し、苦労を重ねてきたことを、陳済民は誰よりもよく知っていた。
 戦争の悲惨さを味わってきた陳夫妻には、″どんなに大変でも、香港の、アジアの、そして世界の、平和につながることならなんでもしよう″という、固く、強い、信念があった。
 表彰に続いて、伸一のあいさつとなった。
 彼は一言一言、かみしめるように語り始めた。
 「本日、東南アジアの各組織が文化会議として初の代表者会議を開催しましたが、連帯するということは、それぞれの力を何倍にも引き出すものであります。
 連帯があれば、互いに長所を学び合い、応援し合うことができる。ゆえに、連帯は希望となり、勇気となるのであります。
 また、結合は善であるのに対し、分断は、反目と憎悪、対立を深める悪となる。しかし、残念なことには、分断への流れが、世界の趨勢となっております。
 私どものスクラムは、国家やイデオロギー、民族によって分断された人間の心と心を結ぶためのものであります。
 この会議には、アジア、さらに人類の、連帯と結合の要となる使命があるのであります」
 人間を結ぼう。世界を結ぼう――それが伸一の切実な叫びであった。
56  飛躍(56)
 山本伸一を見るメンバーの目は、アジアの繁栄と平和を築きゆかんとする誓いに燃えていた。
 伸一は言葉をついだ。
 「『諌暁八幡抄』には『月は西より東に向へり月氏の仏法の東へ流るべき相なり、日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり』と仰せであります。
 仏法西還、東洋広布は御本仏たる日蓮大聖人の御予言であり、御確信であります。
 しかし、それは、決して自然にそうなっていくものではない。
 断じて『そうするのだ』という、弟子の決意と敢闘があってこそ、大願の成就がある。
 私どもが立たなければ、大聖人の御予言も、虚妄になってしまうのであります。
 仏法西還とは、仏法の人間主義に基づく平和の哲理を、アジアの人びとの心に打ち立てることです。そのために大事なのが文化の交流です。
 文化を通して、民衆と民衆が相互理解を深め合っていくことこそ、反目を友情に変え、平和を創造していく土壌となっていきます。
 そこに『東南アジア仏教者文化会議』の大きな使命があることを知っていただきたい。
 私も仏法者として、アジアの、そして、世界の平和のために、命の限り走り抜きます。平和の大闘争を開始します。見ていてください!
 本日は、その決意を披瀝させていただき、私のあいさつといたします」
 大きな拍手が轟いた。
 だが、この時、メンバーのなかには、世界の平和のために生命をなげうつことも辞さぬ伸一の覚悟を、知る人はいなかったといってよい。
 ただ、峯子だけが伸一の心のすべてを知り、深く頷いていた。
 メンバーは、一年を経た時、伸一の平和への偉大なる軌跡に、感嘆することになるのである。
 アインシュタインは高らかに宣言する。
 「私はただ平和主義者というのではなく、戦闘的平和主義者です。私は平和のために闘いたいと思います」
 伸一の本格的な平和の闘争が、いよいよ始まろうとしていた。

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