Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第7巻 「文化の華」 文化の華

小説「新・人間革命」

前後
46  文化の華(46)
 このころ、山本伸一の身辺は、にわかに慌ただしくなっていた。
 ″キューバ危機″を経て間もなく、アメリカのケネディ大統領から、会見を申し込まれたのである。
 ある著名な民間人が伸一を訪ね、ケネディとの会見の意向を打診したのだ。
 その人は言った。
 「私は、本日はアメリカの国務省の意向を受け、その使者としてまいりました。突然の話で驚かれるかもしれませんが、ケネディ大統領は、あなたと個人的に会見を希望されております。
 そして、あなたに、会見する意向があるのか確かめるように依頼されたのです。あなたのお気持ちをお聞かせください」
 一瞬、伸一は回答に窮した。会見を希望する意図がどこにあるのか、即座に判断しかねたからだ。
 伸一の頭は、瞬時に、目まぐるしく回転した。
 ――学会は同志を参議院に送り、今や十五議席を確保し、公明会を誕生させるに至った。また、三百万世帯を達成し、事実上、日本最大の宗教団体となった。しかも、民衆のなかから生まれ、民衆を組織した全く新しい勢力といえる。
 それだけに、ケネディは、創価学会に対して、大きな関心をいだいているに違いない。
 また、学会の存在は、日本の社会にあって大きな比重を占めるだけに、左右両勢力のいずれにつくのか、確認しておこうという意図もあるのかもしれない。
 それは、世界の指導者としては、当然の着眼といえよう。しかし、伸一は、その会見が政治的に利用されることを憂慮した。
 彼は、東西両陣営のいずれにも与する意思はなかった。社会主義か自由主義かといっても、本来は社会制度上の概念であったはずである。
 人間性を最大限に生かしていかなければ、社会主義も人間を抑圧する機構と化していくし、自由主義も退廃を免れない。創価学会がめざしているのは、政治・経済体制を超えた、「人間主義」であり、「地球民族主義」である。
 だが、伸一は、東西の冷戦に終止符を打ち、核戦争を回避していくためには、西側陣営の指導者であるケネディと会い、忌憚のない語らいをしていく必要性を痛感していた。
 更に、アメリカでの布教を考えるなら、大統領の創価学会への正しい認識が大事になる。誤解に基づく無用な摩擦は避けたかった。
 何秒間かの沈黙の後、伸一は、静かに答えた。
 「わかりました。ケネディ大統領とお会いすることにいたしましょう」
47  文化の華(47)
 ケネディ大統領と山本伸一の会見は、その後、具体的に煮詰まっていった。
 会見の日は、ケネディのスケジュールに合わせ、年が明けた二月と決まり、伸一がワシントンを訪問することになった。
 伸一は、一月八日から二十七日まで、海外メンバーの指導のため、アメリカ、ヨーロッパなどを歴訪することになっていたので、帰国後、またすぐに渡米することになる。
 伸一は、その会見には、将来のために、男女青年部や学生部の幹部の代表も、同席させたいと思った。
 また、土産の品にも心を砕き、日本の文化の一つの象徴として、一振りの名刀を贈ることにした。一方、伸一の妻の峯子も大統領夫人へのプレゼントに、真珠のネックレスを用意した。
 伸一の、幹部や会員への指導、激励は、連日のように続けられていたが、本部の仕事納めも終わった年の瀬の午後、彼は、久しぶりに神宮の外苑を散策した。
 葉の散ったイチョウ並木が、澄んだ空を突き刺すように、枝を広げていた。
 この道は、かつて、恩師戸田城聖の葬列が通った、忘れ得ぬ場所であった。
 落ち葉を踏んで歩きながら、伸一は、今年も力の限り戦い抜いた、大勝利の一年であったと思った。
 戸田の七回忌までの目標であった三百万世帯を、一年数カ月も早く達成し、新たな飛躍の基盤をつくり上げたのである。しかし、彼は、本当の戦いはこれからであると感じていた。
 伸一の胸には、新しき年の、成すべき課題が次々と浮かんだ。
 ″来年は、世界の堅固な礎を築くことから着手しよう。また、絢爛たる人間文化の華を咲かせるために、芸術部や学術部、教育部などの育成にも、一段と力を注ぐ必要がある……。
 今年の、五倍、十倍の戦いを展開するのだ。連戦連勝こそが、私に課せられた絶対の責任だ!
 もし、広宣流布の戦いに敗れれば、会員が悲しむ。皆が不幸になる。
 よく人は、負けた悔しさをバネに、次の勝利を期すと言う。しかし、それは、所詮は敗北を容認する甘えではないか。私には、そんな甘えは許されない!
 私は、勝つために悩みに悩み、苦しみに苦しむ。そして、必ず勝って、その大勝利の喜びを源泉として、学会は前進するのだ!″
 伸一は、ぎゅっと拳を握り締めた。
 北風に、路上の落ち葉が舞い、一羽の鳥がイチョウの枝をかすめるように舞い上がり、太陽の光を浴びて空高く飛翔していった。
 彼の顔に微笑が光った。
 (この章終わり)

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