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日蓮大聖人・池田大作

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第6巻 「若鷲」 若鷲

小説「新・人間革命」

前後
31  若鷲(31)
 誰よりも真剣に、講義の場に臨んでいたのは山本伸一であった。
 「学生部の代表がこんなことでは、あまりにも情けないではないか……」
 伸一は、怒りを含んだ声で言った。
 彼が情けないと言ったのは、受講生が御文の解釈ができなかったからだけではなかった。それよりも、その場を取り繕い、要領よく立ち回ろうとする、学生部のまとめ役の幹部の、心根が情けなかったのである。
 伸一は、多くは語らなかった。
 「今日はこれまで!」
 彼は御書を閉じ、講義を打ち切った。その目には深い悲しみがあふれていた。
 受講生は、彼の目を見た時、不勉強のまま講義に参加した、自分たちの安易な姿勢を恥じた。
 次の講義は、打って変わって、皆、真剣に研鑽を重ねて集った。
 伸一は、何事もなかったかのように、皆を笑顔で包みながら、和やかに講義を進めたのである。
 一九六二年(昭和三十七年)の八月末から始まった、この「御義口伝」講義は、創価の後継の陣列を築き上げる、伸一の手づくりの人間教育の場であった。
 彼は、よくメンバーにこう語った。
 「私は、戸田先生から、十年間、徹底して、広宣流布の原理を教わった。師匠は原理、弟子は応用だ。
 今度は、将来、君たちが私の成したことを土台にして、何十倍も、何百倍も展開し、広宣流布の大道を開いていってほしい。私は、そのための踏み台です。目的は、人類の幸福であり、世界の平和にある」
 伸一は、毎回、講義のたびごとに、菓子や食事を用意し、一人一人を温かく包み込み、励ますことを忘れなかった。時に放たれる厳しい叱責も、深い慈愛からの指導であった。
 会場の下足箱の前に立って、底のすり減った靴を見つけると、後から、その持ち主に、新しい靴を買い与えることもあった。
 メンバーは、講義を通して、山本伸一という若き仏法指導者の人間に触れていったといってよい。
 そして、そのなかで、仏法の法理を体現した人格の輝きを知ったのである。
 受講生にとって、伸一は生き方の手本となり、人生の師として、心のなかで次第に鮮明な像を結び始めたのである。
 そこには、広宣流布という最高、最大の目的に向かう師弟の、温かい交流があり、触発があった。
 それは、次代を担う逸材養成の、類いまれな人間主義の学舎といえた。
32  若鷲(32)
 一九六六年(昭和四十一年)七月、山本伸一は「御義口伝」講義の二期生を中心に、学生部の人材グループ「潮会」を結成した。
 この二期生への伸一の講義は、六七年(同四十二年)の四月まで続けられた。
 一期生への最初の講義以来、五年間にわたる、学生部の本格的な育成となったのである。
 二期生への伸一の講義が、『御義口伝講義(下)』としてまとめられ、出版されたのは、その年の十月十二日のことであった。
 伸一が多忙に多忙を極めたこの時期に、学生部への講義をいっさいの行事に最優先させてきたのは、広宣流布の壮大な未来図を実現するためには、新しい人材の育成が、最重要の課題であると考えていたからだ。
 広宣流布は、大河にも似た、永遠の流れである。幾十、幾百の支流が合流し、大河となるように、多様多彩な人材を必要とする。
 そして、いかに川幅を広げ、穏やかな流れの時代を迎えようと、濁流と化すことなく、澄み切った清流でなければならない。
 それには、初代会長牧口常三郎から第二代会長戸田城聖へ、更に、山本伸一へと受け継がれてきた、仏法の精神を継承する、まことの弟子を育て上げるしかなかった。
 また、もともと病弱な身でありながら、心身を削るかのように、日々、フル回転し続ける伸一には、自分はいつ死ぬかもしれないという思いがあったからでもある。
 「潮会」の結成式となった箱根・仙石原での二期生の研修会の折、星空を仰ぎながら、伸一は、しみじみとした口調で語った。
 「見てごらん、この満天の星を。昼間は見えないが、ひとたび太陽が沈めば、星は夜空いっぱいに輝く。その一つ一つは、太陽と同じ恒星だ。私は、このきら星のごとく、人材をつくっておきたいのだ……」
 学生部の代表への伸一の講義は、彼の生死をかけた、後継の人材の育成であったといってよい。
 かつて、萩の松下村塾で吉田松陰に育まれた門下生は、師の志を受け継ぎ、明治維新の夜明けを開いた。今、伸一は、彼が心血を注いで育てた受講生たちが、生命の世紀の、世界の広宣流布の夜明けを開くことを確信していた。
 彼のその信念に誤りはなかった。
 事実、若鷲たちは大きく翼を広げ、新しき時代の大空に、さっそうと羽ばたいていった。そして、ほんの一握りの退転者を除いて、広宣流布のあらゆる分野の中核に育ち、創価の星となって輝いていくのである。

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