Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第6巻 「加速」 加速

小説「新・人間革命」

前後
37  加速(37)
 このころ、国鉄(現在のJR)は「夢の超特急」といわれた、東海道新幹線の建設に取り組んでいた。この新幹線が開通すれば、移動に要する時間は大幅に短縮され、便利になるには違いない。
 それはそれで、大事なことではあろうが、最優先されるべきは安全であり、人命を守ることである。
 また、二年後の一九六四年(昭和三十九年)の東京オリンピックを目指して、道路やビルの建設も急ピッチで進み、日本の経済は目覚ましい発展を遂げつつあった。だが、山本伸一は、経済ばかりが先行し、人命を守るという最も肝心なことが見失われつつあることが、心配でならなかった。
 経済を至上の価値とし、利潤の追求に狂奔して得られるものは、人間の真実の幸福とはほど遠い、砂上の楼閣のような、虚構の繁栄でしかないからだ。伸一は、人びとの精神が蝕まれ、拝金主義に陥り、殺伐とした心の世界が広がっていくことを恐れていた。
 国や社会の豊かさ、文化の成熟度は、単に物質的な側面や経済的な発展だけで推し量ることはできない。人命や人権を守るために、どれだけの配慮があり、いかなる対策が講じられているかこそ、実は最も根本的な尺度といえよう。
 そして、人命、人権を守る国家、社会を築くには、生命の尊厳という理念、哲学が絶対の要請となる。
 伸一は、総会の席上、人間の幸福と平和を実現しゆく、確固たる理念、哲学がないことが、今日の日本の不幸であると語ったが、この三河島事故は、その端的な現れでもあった。
 彼は痛感した。
 ″哲学という精神の骨格のない現代の日本は、何を根本の価値とすべきか、何を最優先すべきかがわからなくなってしまっている。これは、放置しておけば大変なことになる。この事故は未来への警鐘だ″
 暴走する時代の濁流を防ぐには、堅固な精神の堤防を築き上げることだ。
 伸一は、人間の精神の勝利のために、仏法という真実のヒューマニズムの哲理を、一日も早く、流布しなければならないと思った。彼は、広宣流布の前進の加速の必要性を、強く実感したのである。
 全国の同志も、この三河島事故に、仏法の生命哲理が社会に深く根差していれば、こんな事態には至らなかったのではないかと、痛恨の思いをいだいた。
 そして、広宣流布への使命と責任を、更に深く自覚していったのである。
38  加速(38)
 山本伸一の会長就任三周年へのスタートを切った五月は、弘教の勢いが一段と高まった。
 伸一は、この月、東京の各本部の幹部会に相次ぎ出席し、広宣流布の勝利を決する本陣・東京の強化に力を注いだ。
 また、その一方、東北本部幹部会(八日)、埼玉総支部幹部会(十日)、浜松会館の落成式(十二日)、九州本部幹部会(二十日)、神奈川第一・第二総支部幹部会(二十二日)、千葉・群馬・茨城三総支部合同幹部会(二十三日)にも出席し、フル回転で激励、指導にあたった。
 しかも、行く先々で、可能な限り地区部長等の幹部の指導会を開き、「経王御前御書」「諫暁八幡抄」(東北)、「船守弥三郎許御書」(浜松)、「曾谷入道殿御返事」(九州)など、御書の講義を行っていった。
 伸一は、会長就任三周年への開幕にあたり、この五月、六月で、全国を一巡し、各地の同志とともに、再び新出発することを決意していた。
 人を燃え上がらせるためには、まず、リーダーが自らの生命を完全燃焼させることだ。人を動かすには、自らが動き抜くことだ。御聖訓には「大将軍をくしぬれば歩兵つわもの臆病なり」と。組織といっても、リーダーの一念の投影である。
 ゆえに、指導者は自らに問わねばならない。勝利への決定した心はあるか。強盛なる祈りはあるか。燃え上がる歓喜はあるか。そして、今日もわが行動に悔いはないか――と。
 それは、伸一が戸田城聖から教えられた将軍学でもあった。
 伸一も、同志も、青葉の季節を力の限り走り抜き、五月二十七日には、東京体育館で本部幹部会が開催された。
 席上、発表された五月の弘教は十万八千余世帯であり、なんと、この「勝利の年」の年間目標であった二百七十万世帯を、わずか五カ月にして、悠々と突破してしまったのだ。電光石火の快進撃である。
 広宣流布の前進は加速度を増し、三百万世帯の達成まで、もう一歩となった。
 参加者は、意気軒高であった。今、誰もが、広宣流布の潮がひたひたと満ち、精神の枯渇した日本の国を、潤しつつあることを実感していた。
 そして、それぞれが主役となって、社会の建設に携わる喜びと躍動を噛み締めていたのである。
 この日の幹部会で、伸一は、最後に「新世紀の歌」の指揮をとった。それは、広宣流布の大空への、勇壮なる飛翔の舞であった。(この章終わり)

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