Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第6巻 「宝土」 宝土

小説「新・人間革命」

前後
33  宝土(33)
 一行は、雨に濡れながら、バビロンの遺跡を巡った。
 この地を都にして、バビロン第一王朝が栄えたのは、紀元前十九世紀から前十六世紀初頭のことであった。「ハムラビ法典」で知られるハムラビ王の治世も、この王朝時代である。
 その後、バビロンは、北メソポタミアのアッシリアの支配を経て、前七世紀に興った新バビロニア王国が、バビロンの町の再建に取りかかる。
 新バビロニア王国は、ネブカドネザル二世(在位・前六〇五〜前五六二年)の時に最盛期を迎える。
 この王は、エジプトを攻略したほか、二度、ユダ王国を攻めて、多数のユダヤ人を捕虜としてバビロンに強制移住させた。これが、有名な「バビロン捕囚」であり、ユダヤ人は約六十年にわたり、過酷な労役を強いられたのである。
 また、『旧約聖書』にある、「バベルの塔」も、ここにあったといわれる。この塔は人間が天まで届かせようとした高い塔で、人間の慢心の象徴とされている。
 盛時のバビロンは、城壁を巡らせた広大な町を水濠が囲み、城壁には百の門があったという。
 そのなかに彩色を施したレンガ造りの、壮麗な宮殿や神殿がそびえ、立派な道路が縦横に走り、無数の家々が整然と並んでいた。
 また、ここには、古代の「世界の七不思議」の一つである「空中庭園」もあった。その由来の一つに、こんな話が伝わっている。
 ――ネブカドネザル二世は、イラン高原にあったメディア王国の王女アミティスを后に迎えるが、森の豊かな故国を離れ、乾いた土地の広がるバビロンに嫁いだ后は、あまりの環境の変化に戸惑い、心楽しむことがなかった。そこで、王は后を慰めるために、緑の森が生い茂る庭園をつくることにしたという。
 それは、一説では、階段状の高いテラスに、多種多様な果樹を植えたもので、水車を使って水を汲み上げ、緑を保たせていたとされている。
 栄華を誇ったこの新バビロニア王国も、前五三九年に、ペルシャに滅ぼされてしまった。
 その背景には内部抗争があり、王に疎んじられた神官たちの、ペルシャ軍への内通があったといわれる。つまり、人心は、既に王から離れてしまっていたのであろう。歴史を動かす原動力は、見えざる人の心である。人心をつかんでこそ、勝利と永遠の栄光がある。
 遺跡は、確かに壮大であった。見上げるようなレンガ造りの建物、整備された町並みは、往時のバビロンの繁栄をしのばせた。それだけに、栄枯盛衰の厳しさも強く実感された。
34  宝土(34)
 やがて、雨は止み、雲間から差す太陽の光線がまぶしかった。
 遺跡を眺めながら、吉川雄助が言った。
 「本で読んだのですが、このメソポタミア一帯の遺跡は、長い間、土砂に埋もれ、現地の人びとは、どこも皆、ただの丘だと思っていたようなんですね」
 山本伸一は頷いた。
 「そうなんだよ。
 ところが、十九世紀になって、ヨーロッパの探検家や研究家たちがやって来て、丘の上に立ち、ここに宮殿が眠っている、と叫ぶんだ。
 彼らの話を聞いても、土地の人は半信半疑であったに違いない。しかし、実際に掘ってみると、その話の通り、城壁や門が出てきて、宮殿が現れる。
 メソポタミアの遺跡の発掘は次々と進められ、やがて、このバビロンの遺跡も掘り起こされる。″失われた文明″が、現代に呼び覚まされたわけだ」
 「遺跡の発掘には、ロマンがありますね」
 黒木昭が目を輝かせて語ると、伸一が言った。
 「確かに、過去の文明の発掘にも胸躍るものがあるが、今、私たちがやろうとしていることの方が、もっと大きなロマンだよ。
 広宣流布というのは、人間の生命の大地に眠っている″智慧の宝″″善の力″を発掘し、平和と幸福の花開く、新しい未来の文明をつくることだ。これは、誰人も成し得なかった未聞の大作業なのだから。
 黒木君、新しき歴史を創造する、この大理想に向かって、限りある人生を、ともに走り抜いていこうよ」
 太陽の光を浴びて、雨上がりのバビロンの廃墟は、黄金に染まっていた。
 伸一は思った。
 ――この太陽は、バビロンの栄枯盛衰を、じっと見続けてきた。悠久の太陽の輝きに比べ、人の世は、いかに空しく、はかないものであろうか。
 どんなに高度な文明も、人間が戦争という野蛮と決別しなければ、やがて、また滅びゆくに違いない。この″人類の宿命″ともいうべき、殺戮と流転の歴史の闇はあまりにも深い。
 しかし、生命の大法たる仏法の太陽が昇れば、その闇は払われ、世界は「黄金の宝土」となって、永遠に輝いていくことであろう。そこに、わが創価学会の使命もある。
 永劫の太陽の輝きも一瞬一瞬の燃焼の連続である。使命に生きるとは、瞬間瞬間、わが命を燃え上がらせ、行動することだ。その絶え間なき完全燃焼が発する熱きヒューマニズムの光彩が、永遠なる平和の朝を開いていくからだ――。
 (この章終わり)

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