Nichiren・Ikeda
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37 青葉(37)
山本伸一は、会合が終了した後も、嵐山春子と、彼女の今後の問題について話し合いを重ねた。
東京に戻る飛行機のなかでも、伸一は、彼女のことが気になって仕方なかった。
″彼女は、自分の命は、もう長くはないと感じているに違いない。そして、限りある命を鮮やかに燃え上がらせ、この世の使命を果たそうと考えているのであろう……″
伸一は、胸が締めつけられる思いがした。
″生きてほしい。絶対に死なせてはならない……″
しかし、この北海道での嵐山との語らいが、伸一にとって、彼女との最後の対面となるのである。
六月二十七日夜、東京の台東体育館で、六月度本部幹部会が行われた。
幹部会が始まり、理事の山際洋が登壇した。
六月度の活動の成果の発表である。皆、固唾をのんで、耳をそばだてた。
「六月度の本尊流布は、三万七千五百五十六世帯でございます。
五月末の学会総世帯が百九十六万五千世帯でしたので、今月をもちまして、二百万世帯を見事に達成いたしました!
おめでとうございます。また、大変にありがとうございました」
大歓声があがり、会場を揺るがさんばかりの拍手がわき起こり、しばし鳴りやまなかった。
二百万世帯の達成は、この年の一年間の目標であった。それをわずか半年で達成してしまったのだ。
ここにまた一つ、広宣流布の未曾有の金字塔が打ち立てられたのである。
地位や財力、権力を使っての勧誘ではない。無名の民衆が、人びとの幸福と平和を願い、誠実と情熱をもって、それぞれの立場で仏法を語り説くという、地道な活動の積み重ねによって成就されたものである。
それは、伸一と心を同じくした、同志の発心がもたらした壮挙であった。
そして、各地でその推進力となったのが青年部であった。青年部の手による布教は、実に、毎月の入会者の三、四割を占めていた。
今、新しき広布の建設もまた、青年が原動力となっていくことが、証明されたのである。それは、永遠に変わらざる広布の方程式といえよう。
伸一は、創価の大樹に、青年という瑞々しい青葉が茂り、初夏の風にそよぐのを感じた。
青葉が、熱の太陽や雨から人びとを守り、安らぎをもたらすように、創価の青年たちもまた、民衆を守る壮大な屋根となっていった。
38 青葉(38)
この本部幹部会では、下半期の活動の大綱が発表された。
それによると、下半期は、最前線の組織である組単位の座談会の充実を、活動の基本として、進んでいくことになった。
そして、下半期に各方面ごとに開催が予定されていた、青年部の体育大会は中止とし、青年部が率先して、この座談会に取り組むことが打ち出された。
組座談会の充実は、二百万世帯の達成が目前に迫ったころから、伸一が強調してきたことであった。
布教の目的は、ただ会員を増やすことにあるのではない。皆が幸福になっていくことにある。
そのためには、拡大がなされれば、なされるほど、会員一人一人に光を当て、皆が仏法への理解を深め、喜び勇んで信心に励めるように、きめ細かな指導と激励を重ねていくことが大切になる。
その人間の交流の場となるのが座談会であり、なかでも、組織の最小単位である組で行う座談会は、忌憚のない人間の語らいのオアシスとなる。
当時の組は、平均十数世帯で構成されており、いわば、一人一人との膝詰めの語らいが可能な、組織の単位といえた。
そこには、小人数であるだけに、質問があれば気兼ねなく尋ねることのできる雰囲気もある。また、小回りも利き、形式にとらわれることなく、新入会の友に合わせながら、話を進めることもできる。
そして、そこに歓喜の輪が広がり、信仰への強い確信がみなぎっていく時、たくましい″草の根″のような、強固な創価の基盤がつくられていく。
この組座談会を成功させるには、中心となる幹部はもとより、核となって、皆を触発することのできる同志の存在が大切になる。
男女青年部が、組座談会に本格的に取り組むことになった最大の理由も、そこにある。
伸一は、このところ、急速に力を増してきた青年たちの、座談会での活躍に、限りない期待を寄せていた。彼らの手で、脈動する広宣流布の息吹を、第一線組織の隅々にまで、送ってほしかったのである。
はつらつとした若人の姿には希望があり、その一途な情熱の言葉は、人びとの勇気を呼び覚ます。
青年が、青年部のなかだけでしか、力を発揮できないならば、本当の時代建設の原動力とはなりえない。
青年部での薫陶は、世代を超えて、各部のメンバーを牽引していく力となってこそ意味をもつ。青年は、人びとを希望の未来へと導く、先駆けの光である。
39 青葉(39)
本部幹部会は、最後に山本伸一の話となった。
彼は、参加者に向かって深く礼をすると、力強く語り始めた。
「本年の目標である二百万世帯が、悠々と半年間で突破できましたことを、まず、皆様方と一緒に喜び合いたいと思います。大変にご苦労様でございました」
参加者は、大拍手をもって、ともどもに二百万世帯達成の快挙を祝った。
「しかし、私は御礼申し上げることはできても、皆様に何も差し上げるものはございません。
どうか、御本尊様から、それぞれ、たくさんの大功徳を頂戴していただきたいと思います」
朗らかな笑いが、会場に広がった。
参加者の誰もが、戦い抜いた歓喜を実感していた。
伸一は、話を続けた。
「学会が大きくなれば、なかには、うまく学会を利用しようという、悪い考えをもって、入会する人も出てくるかもしれません。
しかし、どこまでも創価学会は、信心を根本に、純粋に、日蓮大聖人の御精神を精神として進んでいく団体であります。断じて、そうした行為を許してはならないし、撹乱されてはならない。
したがって、幹部の皆様は、もし、学会を利用しようという不純な動きがあったならば、毅然たる態度で信心指導に臨むとともに、全同志に、清純なる信仰を伝え抜いていただきたいのであります。
仮に、それによって、二百万世帯の同志が、百万になったとしても、清き信心によって結ばれた同志の団結は、十倍、二十倍の発展をもたらす力となります。
私どもは、学会の、この清らかな信仰の純粋性を、永遠に守り抜いてまいろうではありませんか。
では、また、七月度の本部幹部会に、元気はつらつとした姿で、集い合いましょう」
二百万世帯の峰を越えた学会は、勇躍、三百万世帯達成の新たな峰へ、前進を開始したのである。
首脳幹部の多くは、二百万世帯達成の喜びに酔っていた。しかし、伸一は、拡大にともなう、あらゆる問題点を、ただ一人、冷静に見すえていた。会長である彼の双肩にかかる社会的な責任も、ますます重さを増しつつあった。
広宣流布の道は、間断なき闘争である。巧妙な弾圧の策謀も、撹乱もあるに違いない。その道を踏破できるのは、怒涛も、嵐も恐れぬ真正の勇者である。
伸一は、この二百万世帯の同志を、一人も落とすことなく、いかに幸福の彼岸に運ぶかを考えると、強い緊張を覚えるのであった。