Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

第1巻 「旭日」 旭日

小説「新・人間革命」

前後
33  旭日(33)
 婦人は、トニー・ハラダに、親しみのこもった笑みを浮かべた。
 「まあ、トニーちゃんだったの」
 彼女は、温かく彼を迎え入れてくれた。
 その婦人は、学会員であった。そこで、彼は初めて仏法の話を聞いた。「宿命の転換」という言葉に、心が揺り動かされた。
 また、自分を見下すことなく、誠意をもって話してくれる真心の温もりが、ささくれ立っていたハラダの心に染みた。
 彼は入信し、男子部として、活動にも参加するようになっていった。
 ある日、母親の荷物のなかから、一葉のハガキを見つけた。父の兄からの便りらしい。彼は、ハワイに伯父がいることを知った。
 手紙を出した。返事がきた。そこには、ハワイに来て働かないかとあった。願ってもないことだった。日本には未練などなかった。
 ようやくパスポートを手に入れ、ハワイ行きが決まった時、ハラダは男子部の先輩に連れられて、学会本部を訪れた。二年ほど前のことだ。そこで青年室長の山本伸一と会い、渡航を祝福されたのである。
 彼は、ハワイ島で伯父が営む食品卸問屋で働いた。朝から晩まで仕事に追われ、休みも満足にもらえなかった。ハワイでも信心を全うしようとの決意は、瞬く間に色あせていった。
 紹介者の婦人が、毎回、送ってくれる聖教新聞と、日本にいた時の男子部の先輩の便りだけが、彼の信心の糧であった。会長一行のハワイ訪問も、その新聞と先輩からの手紙で知った。
 手紙には、君の一生を左右する大事な出会いになるだろうから、必ず会長一行を迎えるように──と書かれていた。
 ハラダには、日本で伸一に励まされながら、満足に勤行もしなかっただけに、せめて、迎えにだけは行かなくては申し訳ないという思いがあった。
 そして、伯父に無理に頼んで休みをもらい、ハワイ島から、ホノルルの空港に出迎えに来たのだった。
 ハラダは今、ハワイに来てからのことを思うと、自分が情けなかった。
 ──先生は、そんなぼくに、会長就任の記念メダルまでくださった……。
 彼は、熱い歓喜が、胸の底から噴き上げてくるのを覚えた。
 ──青年よ、一人立てだ。戦うぞ!
 彼の心に、新たな決意がみなぎっていった。それは、ハラダ一人に限らなかった。この日、任命を受けたメンバーの誰もが同じ気持ちであった。
34  旭日(34)
 夜になると、座談会で任命になった地区幹部が、ホテルにやってきた。
 座談会を終えた山本伸一は、深い疲労を覚えていたが、むしろ、座談会の時以上に力を入れて、メンバーを励まし、指導した。
 苗を植えても、水も、肥料も与えなければ、すぐに苗は枯れていってしまう。彼は、ハワイ地区という苗が、たくましく生長していくための養分を与えるために、心血を注ぐことを辞さなかった。
 ことに地区部長になったヒロト・ヒラタには、深夜まで時間を割いて、指導に当たった。
 彼は、ヒラタを連れて、ホテルのテラスに出た。テラスには、ほとんど人影はなかった。
 伸一は、生活の問題から組織運営の在り方にいたるまで、あらゆる面からアドバイスしていった。
 「リキさん、社会的な信頼を得るために、まず大切なのは、仕事で成功することです。それがいっさいの基盤になる。そのために、人一倍、努力するのは当然です。そして、題目を唱え抜いて、知恵を働かせていくんです。
 広布をわが人生の目的とし、そのために実証を示そうと、仕事の成功を祈る時に、おのずから勝利の道、福運の道が開かれていくのです」
 ヒロト・ヒラタは、瞳を輝かせ、真剣に、指導に耳を傾けていた。伸一は、確かな手応えを感じながら、幹部としての信心の姿勢を話していった。
 海には、丸い月がほの白い影を映し、浜辺には、波の音が静かに響いていた。
 「これからの人生は、地区部長として、私とともに、みんなの幸せのために生きてください。
 社会の人は、自分や家族の幸せを考えて生きるだけで精いっぱいです。
 そのなかで、自ら多くの悩みを抱えながら、友のため、法のため、広布のために生きることは、確かに大変なことといえます。
 しかし、実は、みんなのために悩み、祈り、戦っていること自体が、既に自分の境涯を乗り越え、偉大なる人間革命の突破口を開いている証拠なんです。
 また、組織というのは、中心者の一念で、どのようにも変わっていきます。常にみんなのために戦うリーダーには、人は付いてきます。しかし、目的が自分の名聞名利であれば、いつか人々はその本質を見抜き、付いてはこなくなります」
35  旭日(35)
 ヒロト・ヒラタには、乾いた砂が水を吸い込むような、純粋な求道の息吹があった。
 山本伸一は、ヒラタの手を握りながら言った。
 「あなたを地区部長に任命したのは私です。あなたが敗れれば、私が敗れたことです。
 責任は、すべて私が取ります。力の限り、存分に戦ってください」
 「はい! 戦います」
 ヒラタは伸一の手を固く握り返した。月明かりのなかで二人の目と目が光った。
 ハワイはこれで大丈夫だと、伸一は思った。
 月を映した海には、一筋の銀の道が浮かんでいた。
 渾身の力を振り絞らずして、人の育成はできない。生命から発する真心と情熱のほとばしりのみが、人間を触発し、人間を育む。
 月下の語らいは、深夜まで続けられた。
 伸一が部屋に戻ると、同行の幹部も、それぞれハワイのメンバーと懇談していた。
 メンバーが帰っていった時には、既に、午前零時を回っていた。
 それから、一行は伸一を中心に、懇談のなかで出てきた要望や懸案事項について話し合った。
 翌三日は、サンフランシスコへの移動日であった。
 一行は、午前七時には、ホテルを出発し、空港に向かった。
 ホノルル空港には、二十人近い人たちが見送りにやってきた。
 空港に着くと、伸一は待ち時間を利用して、学会本部宛に絵葉書を書いた。
 「これからサンフランシスコの指導に回るところです。なにとぞ、留守をよろしくお願いいたします」
 彼の頭からは、常に日本のことが離れなかった。
 伸一が絵葉書を書いていると、ハワイのメンバーが書籍や色紙を手にして、彼の周りを取り囲んだ。
 「先生、何か記念の言葉を書いてください」
 伸一はためらったが、メンバーの顔を見ると、なんでもしようと思った。
 「みんなが喜んでくれるなら書きましょう」
 彼は、一人一人の成長を念じつつ、次々とペンをとった。搭乗間際まで、寸暇を惜しむようにして、激励は続けられた。
 伸一たちの乗ったユナイテッド航空九八便が、ホノルル空港を出発したのは、午前九時のことであった。
 世界広布の第一ページを開いたハワイ訪問は、わずか三十数時間の滞在に過ぎなかった。
 しかし、ここに、人類の歴史に新しい夜明けを告げる、平和の旭日は昇ったのである。

1
33