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日蓮大聖人・池田大作

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優しさって何? 「優しい人」は「強い人」 その人こそ「優れた人間」

「青春対話」(池田大作全集第64巻)

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12  臆病は残酷の母、勇気は優しさの母
 池田 じつは、人間は、大ていの人が、心の中に「優しさ」をもっている。生まれた時から冷たい心しかなかったという人はいないでしょう。
 しかし、大きくなるにつれて、自分が傷つくのを恐れたりして、優しさを胸の中に埋めたままにしていると、やがて本当に冷たい人間になってしまうのです。
 そして、「自分中心」だと、周囲が全部、敵に見えてしまう。そこで、ますます自分を鎧で包む。権威の鎧とか、名声や地位の鎧とか、冷たさの鎧とか、「いばり」の鎧とか――。それでは「人間性」ではなくて「動物性」になってしまう。
 釈尊はいつも「自分から声をかける人」だったという。相手が声をかけてくるのを傲慢に待っているのではない。「声をかけて、冷ややかな反応だったらどうしよう」などとも思わない。軽やかに、温かく「声をかける」人だった。
 ―― 優しさにも、勇気が必要なんですね。
 池田 そうです。「臆病は残酷の母」であり、「勇気は優しさの母」です。
 シュテファン・ツヴァイクという有名な作家がいます。彼が高校生の時の話です。
 一人の秀才の同級生がいた。人気者だったが、ある時、大会社の社長である彼の父親が、ある事件で検挙されてしまった。
 新聞は、彼の家庭の写真まで掲げて、悪口を書きたてた。学校にもこられず、彼は二週間も休んだ。三週間目に突然やってきて自分の席についた。彼は教科書に目を落としたまま顔を上げなかった。休み時間になっても、一人で窓の外を眺めていた。皆の視線を避けていたのです。
 ツヴァイクたちは、彼を傷つけまいと、遠くから見ているだけだった。彼が優しい言葉を求めているのはわかっていた。しかし迷っているうちに、次のベルが鳴った。そして次の時間になると、彼はもう学校から出て、以来、二度と彼の姿を見ることはなかった――。(三宅正太郎著『裁判の書』牧野書店)
 あの時、一声かけていたら――その後悔は一生、彼の心をさいなんだのでしょう。
 また、日本人は「あの人が悪い」という話があると、確かめもしないで、うわさをする。悪宣伝をする。優しさの反対です。優しさには公平さがある。本当かどうかを、自分で確かめ、納得していく誠実さがある。
13  「小さな優しさ」「大きな優しさ」
 ―― 優しくするといっても、具体的に何をすべきか――。ケース・バイ・ケースだと思いますが。
 池田 それは、その通りでしょう。根底に、相手の幸福を「祈る」気持ちがあれば、いいのです。そのうえで、牧口先生は「小善」「中善」「大善」ということを言われた。優しさにも「小さな優しさ」「中くらいの優しさ」「大きな優しさ」があると言えるかもしれない。
 広宣流布というのは、最高に「優しい」行動なのです。最高のヒューマニズムです。
 仏法以外でも、「大きな優しさ」の場合は、かえって相手に誤解されることもある。親が子どものために、あえて厳しく「しつけ」をする心なども、そうかもしれない。
 諸君も大善――「大きな優しさ」の場合には、優しくした相手から、反対に憎まれたりするかもしれない。しかし、それでも相手の幸福を祈って、尽くしていくのが本当の優しさではないだろうか。そして、その時はわからなくても、大誠実を尽くしておけば、きちんと信用が残るものです。いつか、「あの人は、自分のことをこんなにも思ってくれたのか」とわかるものです。
 ―― お話をうかがって思うことは、「どのくらいの優しさをもてるかが、その人の大きさをはかる尺度なんだ」ということです。私たちも、表面だけの優しさではなくて、大きな感動を与えるような生き方をしていきたいと思います。
14  四十億年分の命に支えられて
 池田 優しさには、人間の崇高さがある。仏法の慈悲に通じる。また西洋での「人格」の根底である「愛」にも通じる。
 また、先ほど「だれもが多くの人の優しさに支えられて生きてきた」と言ったが、じつは、もっと大きく見れば、だれもが、地球と宇宙の無数の命に支えられて、ここに存在しているのです。花たちも鳥たちも、ありとあらゆる生きものも、太陽も大地も、″一切が互いに支え合って″生命のシンフォニーを奏でています。
 地球では、生きものの誕生は四十億年前という。それ以来、連綿と、命が命を育み、命が命を支えて、私たちを生んだのです。この″生命の輪″が、ひとつでも欠けていたら、あなたは今、ここにいない。
 ―― たしかに、途中で(命の連続が)切れている人は、一人もいません。
 池田 生命が次の生命を育んだのも、根本的な意味で「優しさ」とはいえないだろうか。もっと根本的には、その生命を生んだ地球全体が、ひとつの大きな生命体であり、大きな優しさの固まりなのではないだろうか。
 戸田先生は「全宇宙が本来、慈悲の活動をしている」と言われていた。
 ―― 「地球に優しい」という言葉がありますが、その前に「地球に優しくされている」のですね。
 池田 自分の背後に、四十億年の、いな全宇宙の「優しさの歴史」が支えてくれているのです。だから、絶対に自分を粗末にしてはいけない。
 生命以上の宝はありません。諸君は皆、その生命をもっている。皆、かけがえのない宝の存在です。生命を生んだ宇宙は、地球は、そして母は、わが子を「かけがえのない存在」として大切にします。
 そういう絶対的な優しさ――「生命への慈愛」を、社会に広げていくことが、二十一世紀にとって、いちばん大切なのではないだろうか。
 ―― そうなれば戦争とか、人権抑圧、環境破壊もなくなりますね。
 池田 そのために、まず自分が成長することです。「自分が人間として向上していこう」という姿勢の心は、優秀な心であり、それ自体、優しさに通じる。人を押しのけて、自分だけは、という姿勢の心は、傲慢の心であり、怒りを含んだ醜い心です。
 ゆえに「二十一世紀の主役」の諸君は、″強く″″優しい″人間へと自分自身を鍛え上げてほしいのです。

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