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不惜身命と現代 (第7回)

2009.2.19 「御書と師弟」

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8  永遠性の光を放て
 身命を惜しまず、法を護り、師を護り、同志を護る。それが一番、尊い人生です。宇宙で最も尊い人間性の真髄である。
 私は戸田先生を阿修羅の如くお護りする中で、こう日記に記しました。
 「毎日が、激戦! 若人は戦う、全生命力を、賭して。それが、尊く、それが美しい。疲労の中に、起ち上がる瞳、そこに、希望が湧く、未来が生まれる。そこにこそ、天の大聖曲が聞こえる」
 この尊極の大道を、わが門下の青年部に堂々と受け継いでもらいたいのです。
 「師弟不二」とは、言葉だけでは意味がない。弟子の心の根底が、師匠と合致しているかどうか。これが最も大切です。
 ドイツの音楽家クララ・シューマンは「人間は結局自分の使命に命をかけるのではなくって?」(高野茂訳)と語りました。
 いずこの分野でも、精魂を込めたものは永遠性の光を放っていくものです。芸術でも、学問・教育でも、スポーツでも、政治でも事業でも──一流の人物は皆、「命がけ」です。「不惜身命」です。血を吐くような思いで、自己の限界に挑む精進を重ねているものです。わが生命を注ぎ込み、努力に努力を重ねてこそ、後世に残る偉大な事業や作品が出来上がるのです。
9  わが同志こそ尊貴
 十四世紀スペインの作家ドン・フアン・マヌエルは「命をかけるに値することであれば、身命を賭して誰よりも早く敢然とやりとげる人が、みずからを大事にする有徳の士である」(牛島信明・上田博人訳)との箴言を残しております。
 まして、仏法は三世永遠の宇宙の根本法則です。不惜身命で実践すれば、広大無辺の栄光と功徳に包まれゆくことは絶対に間違いありません。
 「石変じて玉と成る」という力ある妙法です。妙法に生き抜く人生は、信念なき名聞名利の人生とは天地雲泥の差がある。
 戸田先生は言われました。
 「人間革命の運動は、世界的に広がっていくものだ。大作、吾が世界の広宣流布の道を、命を捨てて開いてくれ。これが私の心からの願いだ」
 私は、その通り戸田先生にお応えしました。
 そしてまた、この創価三代の精神を根幹として、現代社会で「不惜身命」の生き方をまっすぐに貫いておられるのが、わが学会の同志であります。
 皆様方は、この不況のなか、法のため、人のために懸命に戦ってくださっている。
 悩んでいる友がいれば、自分のことはさておいても飛んで行って励ます。夜更けまで、心から題目を送り続ける。勇気を出して「立正安国」という社会の正道を堂々と語る。民衆を愚弄する悪人に対しては、猛然と破邪顕正の論陣を張る──。この尊き皆様以外、一体、どこに「身命もおしまず修行」する闘士がいるでありましょうか。
 仏教流伝の三千年の歴史のなかで、一体、誰が「不惜身命」の法華経の行者なのか。「撰時抄」全体が、この一点をめぐって綴られた書であると言えます。この「撰時抄」を身読しているのが、創価学会です。
 日蓮大聖人直結の信心で広布に進む皆様方こそ、現代文明の最先端の哲学を体現する方々です。最高に尊貴な「不惜身命」の行者であります。その福徳は無量無辺であり、未来永遠に、子々孫々に、燦然と光り輝くことを、強く強く確信して進んでいってはしいのです。
 私と一緒に、不惜身命で進もう! 喜び勇んで、師子王の心で戦おう! 潔く、この仏法にわが人生をかけようではありませんか!
  堂々と
   創価の伝統
     受け継ぎて
   不惜の勝利は
     三世の勝利と

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