Nichiren・Ikeda
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日蓮大聖人・池田大作
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(一)
小説 青春編「アレクサンドロの決断」他(池田大作全集第50巻)
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「おい! そこで、放課後の練習のためにエネルギーをためこんでるやつ。剣司、君だ。いまの問題の答え、わかるか」
剣司がもぞもぞしながら、眠そうな目を上げた。ぼんやりと島野先生をながめている。
「もう一度、いうぞ――。ここに一万人の軍勢がいたとする。これをA軍としよう。向こうにも同じく一万人の軍勢がいる。これはB軍だ。このA軍とB軍が、二回にわたって戦闘を繰り広げたとする……」
アレクサンドロス大王から、いつの間にか話が戦争クイズにとんでいる。どうやらきょうも授業は、大幅に“脱線”したらしい。
「……A軍は、一万人全員が二回の戦闘をぶっ続けで戦った。B軍は、一万人を五千人ずつの二グループに分けて、それぞれ一回戦と二回戦を戦った。要するに、一回戦が終わったら、それまで戦って疲れている五千人にかわって、元気いっぱいのもうひとつのグループ五千人がおどり出て、二回戦を戦うわけだ。両軍の兵士の戦闘能力は、まったく互角であるとする。さて、このとき、勝利をおさめるのは、どちらの軍勢であろうか。A軍か、B軍か――。剣司! どうだ」
島野先生が、うれしそうに問いかけた。剣司はキョトンとして、首をかしげたままだ。
「おい! この問題、わかる人!」
教室中が、ざわつき出した。あちらこちらで、意見をかわしあっている。
「半々にして戦うB軍のほうが有利じゃないかな。A軍みたいにぶっ続けで戦ったら、へばっちゃうぜ」
「いやあ、A軍のほうが勝つだろう。なんたって、人数の多いほうが強いよ」
「だけど、あんまり疲れすぎたら、戦えなくなっちゃうんじゃない」
「そんなことはないだろう。選挙だって、数の多いほうが勝つんだぜ」
「なにいってるの! 選挙と戦争はちがうわよ」
「あたしは、だけど、戦争って、やっぱりいや。人間と人間が殺しあうなんて、最低よ」
議論は白熱するばかりである。まとまりそうもない。
「よーし、みんな!それでは決をとろう。A軍が勝つと思う人、手をあげて!」
クラスの半分ほどの生徒が、ぱらぱらと手をあげた。
「それでは、B軍が勝つと思う人!」
残りの手があがった。どうやら意見は、まっぷたつに分かれたようだ。
「正解は――A軍である。この場合は、A軍が勝利をおさめる」
「ほーら、やっぱり!」
「エーッ、ウッソー!」
教室に、どよめきと歓声が入り乱れた。
「おーい、みんな、静かにしろ!」
島野先生が両手で制して叫んだ。
「つまり、このことは何を物語るかといえばだな、要するに戦いは“遊び”のあるほうが負ける――ということなんだ」
つねに全員が戦っているA軍に対して、B軍のほうはいつも半分の兵士が遊んでいる。疲労などの問題はあるかもしれないが、しかしそういった点を考慮しても、これではB軍に勝ち目はまったくないのである。
島野先生の説明に、生徒が感心したようにうなずいた。
「では、次に、応用問題だ――」
先生がにこにこしながら、またもや身を乗り出した。歴史の授業は、どうなったんだろう。
「君たち、騎馬戦を知ってるだろ。三人で騎馬を組み、一人が上に乗る。つまり四人で一騎を組み上げる。そして互いに相手の騎手を落としあう。たくさん残ったほうが勝ちだ。さて、まったく同数・同能力の陣容であった場合、かならず勝つにはどのように戦ったらいいか。つまり、騎馬戦の必勝法だな――」
島野先生が、ウキウキした表情で、片手をまっすぐ上にあげ、「はい、わかる人!」と例の通りに問いかけた。いつも変わらぬポーズである。教室がまた、ざわざわし始めた。
「相手を落っことすんじゃなくて、鉢巻きを取ったら勝ちなんじゃないの」
「それは、小学生の騎馬戦だよ」
「後ろから襲いかかるようにしたら、どうだろう」
「いつも、そう、うまくいくとはかぎらないぜ。向こうだって、警戒するだろうし……」
「騎馬戦なんて、やったことないから、わかんないわ……」
「あれ、危ないから、やっちゃいけないのよねぇー」
「つまんないこというなよ!これは問題なんだから」
またもや、いっこうに回答は出そうにない。島野先生がうんざりして、やれやれといった顔つきになった。
「あのね――さっきもいったように、ポイントは“遊び”なんだよ。遊んでるほうが負ける――この原理を応用するわけだ」
「わかった! じゃあ、敵を遊ばせちゃえばいいのね」
声をあげたのは、クラスでいちばん成績がよく、バレーボール部のエースとして活躍する花岡咲子だ。
「その通り! さあ、敵を遊ばせるには、どうしたらいい」
「うーん、要するに……遊んでいる敵を、なるべく多くつくり出せばいいってことね。それには……」
みんなはまだわけがわからず、けげんなまなざしで咲子を見つめている。
「……敵と当たるときに……こちらはかならず……二騎がペアで……ぶつかるようにすればいいんじゃないかしら。そうすれば、戦っている騎馬は、いつもこちらが相手の二倍。逆に、遊んでいる騎馬、つまり戦ってなくてあちこち移動している騎馬は、いつも相手の方が多くなる――」
「その通り! しかし、お前、よくわかったなあ。今までにこの問題ができたのは、花岡が初めてだ」
島野先生も、びっくりした様子である。
「おい、みんな! いまの答え、わかったか――」
かんで含めるように、先生がもう一度、ゆっくりと説明した。
戦いが始まる前に、こちらは二騎ひと組のペアを決めておく。相手の騎馬と戦うきは、かならずこのペアでぶつかるようにする。一対一の戦いは絶対に避ける。
相手の一騎に対して、こちらは二騎で立ち向かうのだから、断然こっちが有利である。
運悪くペアのうちの一騎がつぶされてしまった場合も、生き残った一騎は、同じような“はぐれ騎馬”とまた新しいペアを組むか、もしくは近くのペアに合流していっしょに戦うようにする。どんな場合も、単独で向かっていくことは絶対しない。これが鉄則なのである。
敵と味方が入り乱れて、ごちゃごちゃしてきても、かならずペアでぶつかるという一点さえ忘れなければ、知らないうちに味方が勝利をおさめる結果になることは、九分九厘まちがいない。
「なんだか、卑怯だな。ちょっと、ずるいんじゃないの……」
「なにが卑怯なもんか!こういうのを作戦というのだ」
島野先生が、むきになっていい返す。
「一対一の戦いを避けて逃げまわるなんて、あまりかっこよくない……」
「かっこの問題じゃないんだよ。たとえば、相手がそういった戦法でくるなってことがわかれば、こっちはさらにそれを打ち破る戦法を考えればいいんだ。三騎でいっしょに行動するとか、陣形にも工夫をこらすとか……。同じ土俵の上でルールを守って戦うのは、当然のことだ。そのうえで、作戦をねるのがどうして悪い」
「そういわれてみれば、やっぱりそうかなあ……」
「とにかく――きょう、ぼくのいいたかったことは、戦いでは“遊び”のあるほうが負ける、ということなんだ。これは戦争ばかりじゃない。スポーツでも同じだぞ。たとえば、サッカーだ――」
見えない糸でつながっているかのように、十一人全員が動くこと。ひとりのプレーに連動して、他の選手も的確な状況判断のもと、どのような展開になっても即応できる体勢をとっておくことが大切だ。
ボールが遠くにあるからといって、ぼんやりしているようではだめだ。なぜなら、そこには“遊び”が生まれているからだ。このように、遊んでしまっている選手がいるようでは絶対に勝てない。
また、同じチームにあっては、他の選手を“遊び駒”にしないプレーが大事である。つまり、自分勝手なワンマンプレーは断じていけない、ということだ。仲間を遊ばせてしまうような選手のいるチームは、まぐれで勝つことはあっても、優勝をねらえるところまでは絶対にいかない。
互いに生かしあうプレーを忘れるな。それがチームワークということだ。
「――わかったか、剣司」
「はい……」
そのとき、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「よーし、じゃあ――きょうはこれでおしまいだ」
生徒の一人が叫んだ。
「先生! 今年の体育大会は、騎馬戦やりたいですね」
笑いの渦が教室を包んだ。
歴史の時間なのに、この日もまた、何の勉強だかわからない授業となった。
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