Nichiren・Ikeda
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日蓮大聖人・池田大作
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第8章 子どもは、「希望」
「21世紀への母と子を語る」(池田大作全集第62巻)
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病気と貧乏に負けなかった母
大塚
先日、富山に住む婦人部の方から、経済苦や、自分の病気に負けず、未来を見つめ、未来を信じて、二人のお子さんを育ててこられた半生をうかがいました。
もともと病弱だったこの方は、命に及ぶ病気にかかり、いつ倒れるか分からない、明日の命も危ないような状況が続きました。「子どもが一人前に育つまで、どうか私の生命をもちこたえさせてください」と必死に祈ったそうです。
そうしたなかで書き綴った、当時の日記を見せてもらい、心打たれました。本人のご了解を得て、紹介させていただきます。
「元気に学校に保育所にと出かける後ろ姿に手を合わす。すなおな子に育ってほしい。なさけ深い子に育ってほしい。いかなる難ものり越える強い心の子供になってほしい」
「こんなにつらいのに私の心は晴ればれとしている。信心に強盛な主人がいる。そして信心をほこりに思っている幼い二人の子供がいる。無心に手を合わすこの子供達のためにも私は健康で家庭を守りぬくのだ」
「どんなに苦しくても、つらくても、母たる、妻たる私は笑顔を出すのだ。
心の富を御本尊様にいただいている事に感謝しながら……。
この子達は何もしらない。私から受けるものだけがつたわる……だから明るくふるまうのだ。
いつか、子供達が大きくなった時、わらって話せる時がくる」
小野
大変な状況なのに、愚痴めいた言葉は一言もないんですね。
「子どもたちには、私から受けるものだけが伝わる」という思いで、常に明るく振る舞う「強さ」がすごいと思います。
大塚
このお母さんは、その後、すべてに打ち勝って、二人のお子さんを立派に育て上げました。
二人の息子さんは、一人は東大、一人は京大を卒業。ご両親の心を受け継ぎ、それぞれの分野で人のため、広布のために活躍しています。
お母さん自身も、今はすっかり元気になり、地域で婦人部の本部長をされています。
池田
立派だね。
「子どもたちが大きくなった時、笑って話せる時がくる」と、自分を励まし、未来への希望を燃やして生き抜かれた――その姿は、いかなる英雄よりも崇高です。
「希望」です。どんな大変な時も、下を向いて、うつむいてばかりいては、希望は生まれません。頭を上げて、「未来を見つめて」いくことです。
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子どもたちは「宝の人々」
小野
池田先生は、学会員はもちろんのことですが、世界中の子どもたちに希望を送ってくださいます。
昨年(一九九九年)、行なわれた未来部総会で、こんな出来事がありました。
ある婦人部のお母さんが、小学生の息子さんと、そのお友だちを連れて、未来部総会の衛星中継に参加しました。
そこで池田先生は、次のようにスピーチされました。
「今日、来られた皆さんのなかには、ご両親がいない人もいるかもしれない。お父さんがいない人は、『自分がお父さんだ!』と思って生きなさい。弟や妹を大事にしてあげなさい。お母さんがいない人は、『私がお母さんだ!』と思って生き抜きなさい。
さびしがったり、悲観的になったり、悲しい顔をするのは不幸です」
お友だちの男の子は、真剣な顔をして聞き入っていたそうです。
後日、男の子のお母さんから、婦人部の方のところに電話がありました。
実は、その家庭では二年前にお父さんを病気で亡くしていたのです。
ところが、未来部総会のあった日、男の子が家に帰るやいなや、「今日からぼくがお父さんだから、ビシビシやるよ」(笑い)と言ったというのです。
そのお母さんは、男の子から先生のスピーチについて聞き、大変喜んで、電話をかけてきたのです。受話器の向こう側で涙ぐんでいたそうです。
池田
それはよかった。本当にうれしいことです。
子どもたちは皆、かけがえのない「可能性」をもった「宝の人びと」です。一人ひとりが、「希望」の存在です。生命には「希望」が、いっぱい詰まっている。
もしも、子どもたちの中に息づく「希望」を、傷つけたり、窒息させたりするようなことがあれば、それは大人の責任ではないだろうか。
私は、そういう現代の社会を見るにつけ、心が強く痛みます。
子どもたちの瞳が、恐怖や、悲しみの涙で曇るのを見たくない。そういう社会は、絶対に変えていかねばならない。
子どもは、大人の社会を映す鏡の存在です。大人たちが曇っていたり、病んでいれば、子どもたちも病んでくるのです。
すべての子どもたちから、悲しみの涙をぬぐい去りましょう! 子どもたちを守り、勇気と、力と、生命を与えていくのです。
人類の「希望」である子どもたちを育んでいるのが、皆さま方、お母さんなのです。何と、尊いことか。どれほど、大きな使命と責任があることか。
小野
私も、「子どもが希望」というのは、実感として分かります。子育ては苦労もありましたが、子どもがいたからこそ、大変な時も、頑張ってこれたと思うのです。
母の使命を自覚して、頑張ってまいります。
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進もう! この「幸福の大道」を
池田
よろしくお願いします。
二十一世紀へ、わが子とともに歩みゆくお母さん方に贈りたい詩があります。
昨年(一九九九年)、韓国の
済州
チェジュ
島を訪問した際に聞いた「ケンチャヌルコヤ(大丈夫)」という歌の一節です。韓国の人気歌手である
朴恵卿
パクヘギョン
さんが歌ってくださいました。朴さんは、私のスピーチを読んで、作詞されたとうかがいました。
大塚
池田先生が、国立済州大学の名誉博士号を受けられた時のことですね。私も新聞で拝見しました。朴さんは、「母」の歌も歌ってくださったそうですね。「オモニー……」と、韓国語で。そしてまた、「母よー……」と、日本語で。
心に染み入る歌声に、多くの人が涙を流しながら聞き入っていたと……。新聞で読んで、「母を思う心」に国境はないと思いました。
池田
そのとおりだね。
実は朴さんは、小学四年生の時にお父さんをなくし、お母さんの女手ひとつで育てられたそうです。
朴さんの「大丈夫」は、こんな歌詞です。
私の選んだ この道は
そんなに たやすくはない
けれど 心だけは永遠の青い海のように
ああ そのまま ああ いつまでも
そうだ 静かに いつも 堂々と
岩にぶつかり 光る波のように
世の中に ぶつかっていくのだ
信ずるとおりになるよう 幸せになるよう
私が選んだ この道を
どこまでも 私は進んでいく!
小野
力強く、心が広々となる歌詞ですね。強い決意が、ひしひしと伝わってきます。
池田
私は、二十一世紀を、「母と子の笑いさざめく世紀」としていきたい。
人類の「希望」である子どもたちが、すこやかに、まっすぐに成長していける社会をつくりたい。
私は、「母と子」を守り、励ますために、自分にできることは、すべてやっていこうという思いです。
「母と子」を守ることは、「生命」を守ることです。「平和」と、そして「未来」を守ることです。ここにすべての根本がある。
私は今、そのために、全力で戦っています。
先ほどの歌にあったように、皆さんも、朗らかに、強い心で、「私が選んだこの道」を歩み抜いていただきたい。いっしょに、希望の未来をつくっていただきたい。
そのためには「勇気」です。
自分一人でも悪と戦っていく。そして、どんな困難があっても、負けずに「勇気」をもって挑戦していく。
そういう強いお母さんであっていただきたい。
進みましょう! この「幸福の大道」を!
いつまでも! どこまでも! ともどもに!
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